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別府浜田温泉の保存と修復に関する要望書 2001.10.3
別府市長
井上 信幸殿
別府八湯の一つで亀川のシンボルとなっている浜田温泉は、一八九七年(明治三十年)前後に創設され、地元はもとより、県内外の温泉・湯治客に親しまれてきました。その後、一九三五年(昭和十年)、別府市が亀川、石垣、朝日の一町二村の合併を記念して改築され、別府市史の上でも象徴的な温泉文化遺産として、極めて重要な歴史的意義をもっていると考えます。さらに、その建築様式は、宝形造りの大屋根に三角形の千鳥破風、唐破風の屋根が連なる神社形式の堂々とした構えで、昭和初期の代表的建築物の文化財といえます。
文化庁は、一九九0年から二ヵ年にわたる国庫補助事業として、近代の産業文化財等について「日本近代化遺産総合調査」を開始しました。これは、「江戸時代末期から第二次世界大戦終了時までの産業関係、交通関係、土木関係、軍事関係、その他金融・教育・文化にかかわる構造物およびこれらと一体となって保存さるべき施設や備品等の総合的な調査を実施し、保存措置を検討するための実態調査を目的」としたものです。その後こうした総合調査の結果を踏まえ、近代化遺産を保存するため一九九五年三月、文化財の指定史跡基準を「第二次世界大戦終結頃まで」とする「史跡名勝天然記念物指定基準法」の改正を行いました。
この文化庁の方針に基づき、大分県県教育委員会は、一九九二年から一九九三年にかけ、県下の近代化遺産の悉皆調査をおこない、浜田温泉も昭和初期の代表的な木造建造物として、竹瓦温泉の建造物とともに、その保存対象とし、一九九四年刊行の大分県文化財調査報告書の第九一輯に掲載しています。
今、こうした重要性をもつ浜田温泉の歴史的建造物が市当局のコンクリート構造の建築方法による建て替え計画によって破壊と消滅の危機に直面し、多くの市民や議会関係者からも現状での保存と修復を望む声が高まっています。
私たち大分県文化財保存協議会も、二九日幹事会を開き、浜田温泉の保存をめぐる諸問題を協議した結果、その保存を求める決議を行いました。
つきましては、浜田温泉の保存と修復に関して左記の事項について申し入れ致します。なお、回答は文書をもって速やかにお願いする次第です。
記
一、浜田温泉の入浴可能な状態を保ちながら、現状の木造建築様式による保存修復をはかること。
二、歴史的建造物の近代化遺産として市の文化財に指定し、万全の保存措置を講じること。
賀川光夫先生の死を悼む 大分県文化財保存協議会
事務局長 用松 律夫
3月9日の早朝、テレビのニュースで賀川先生の悲報に接し、われとわが耳を疑いました。早速、会長の二宮淳一郎先生や宇佐市教育委員会の小倉正五さんに電話し、お聞きしたところその事実を告げられました。
11日のお通夜にはお参りをし、ご霊前に衷心より哀悼の意を表しましたが、翌日のお葬式には、議会の関係でお参りできなかったのが大きな心残りとなりました。
先生を抗議の死に追い込んだ一部マスコミの一方的な報道とそのセンセーショナルな商業主義の凄まじさに憤りを禁じ得ません。なぜ「週間文春」は4月の聖嶽洞窟再調査の正式報告がでる前に東北のねつ造事件と同レベルで「ねつ造」と断定したのか。また、聖嶽遺跡に関する賀川先生のすべての論文や報告書に目を通さず、はじめに「ねつ造ありき」というシナリオで報道する非科学的なペンの横暴に抗議の意を表せざるを得ません。ただ、残念なことは聖嶽洞窟から出土した石器の数の違いや産出地等についての疑問が呈されており、この点については、今後科学的に解明されるべきと考えます。
顧みますと、賀川先生は、私たちが1991年末から翌年にかけて文化財保存全国協議会の大分県支部として大文協の設立に取りかかった当初から、深い理解を示され、その上設立の際には快く顧問に就任してくださいました。
以来、何度となくご自宅に伺い、文化財保存の思い入れや活動の方向についてご指導、ご教示を頂きました。先生は時には、得意にされていたスケッチで自然破壊や官僚支配の社会の風潮を風刺され、現状を憂える発言をされておられました。
先生は、1994年2月27日に開催した私たち大文協の第3回総会で「大分県の文化財をめぐる諸問題」と題して記念講演をされました。その中で先生は「ベニス憲章」を紹介しながら文化財保存の御考えを述べるとともに、保存運動の歴史的経過を踏まえ、今後の展望や課題についてお話されました。ま大量出土で話題になった黒塚古墳の三角縁神獣鏡についてなど大文協の学習会でのお話は好評で、参加者60人をこす盛会でした。
さらに先生は1995年5月7、8、9の3日間宇佐市で開催された文全協第30回大会では、大分県考古学会会長として来賓のご挨拶をされるなど、歴史的な成功に大きく貢献してくださいました。
その後、公私に渡りご指導を賜りました。思いは尽きません。先生長い間ありがとうございました。どうか安らかにお眠りください。合掌 2001年 大文協会報号外 5月13日号
2000年11月17日に大分市に提出しました中安遺跡破壊への抗議・要望書の内容です。
大分市長殿
文化財保護行政の逆流に抗議し、本来の責務にたちかえるよう重ねて要望する
大分県文化財保存協議会
会長 二宮淳一郎
大分市および大分市教育委員会は、われわれ大分県文化財保存協議会はじめ文化財の保護と活用を熱望する県下・地元の多くの団体・個人、日本考古学協会、文化財保存全国協議会はじめ全国の考古学界の重ねての要望、さらには大分市および大分県の文化財保護審議会などの意見にも全く耳をかすことなく、大分市城原に位置する中安遺跡の破壊に遂に踏み切った。
この行為は、文化財の保存にこそ努むべき本来の責務を放棄し、地域の歴史を抹殺する暴挙と言わざるをえない。
海部評衙・海部郡衙跡と推定され、国史跡にも値すると評価された中安遺跡は、8月中旬から市の都市計画道路の建設を優先する工事の再開によって破壊を免れない事態に追い込まれた。
一方、恰も時を同じくして中津市永添の下毛郡衙の正倉跡とされる長者屋敷遺跡は、保存整備の方向が決定され、さらに調査を重ねて県史跡指定をめざすという。計画された市営住宅の建設を断念した上での英断である。
一体、同じ歴史的遺産に対する対応が、何故にこのように対照的な差異を生み出すのであろうか。
まず一方は、たとえ遺跡は破壊しても道路建設こそ第一義と考えるのに対して、他方は開発計画は変更しても遺跡を護ることこそ第一義と考える、その違いであろう。大分市の文化財担当部局では、問題発生の早い段階ですでに「遺跡を通る道路は2002年W杯サッカー会場へのアクセス道路で、その工事の進捗状況からみて遺跡の保存は困難」という立場を強調したのに対して、中津市の担当者は「遺跡は中津市に生きた先人の貴重な財産。私達には継承していく義務がある」と語っている。
次には、歴史的遺跡に対する学術的評価のとらえ方の問題である。専門家集団である日本考古学協会、文化財保存全国協議会、九州考古学会、大分県考古学会などは、等しく中安遺跡の歴史的意義を強調した。これに対して、大分市は「遺跡は、全国に数百ある郡衙跡の一つに過ぎない」という非常識な認識を当初から一貫してくずさず、むしろ破壊の口実にさえしてきた。国指定史跡級とさえいわれるこの遺跡について、このような低俗な理解しかできない市担当者に、われわれの先人の残した遺産の保護や活用の任を委ねることはできないとさえ極言せざるをえないことを悲しむ。
とりわけ重大なことは、地方分権の名のもとに、これまで文化庁長官に属していた文化財保護法第57条「調査のための発掘に関する届け出、指示及び命令」の2項「埋蔵文化財の保護上特に必要があると認めるときは(中略)その発掘の禁止、停止若しくは中止を命ずることができる」とい権限が都道府県又は市に移譲されたなかで、中安遺跡の事実上の破壊が強行されたことである。
こうした中われわれは、再三にわたって大分市の判断について大分県担当部局の意見を質し、適切な指導を要請したが、県は自らの意見を述べないばかりか市に対する指導の権限もないかのような言動に終始した。文化庁に対してもまったく同様な態度であった。この態度はわれわれの全く理解に苦しむところであって、県民・国民の共通の財産である文化財を護るという見地に立つとき、このような態度は文字通り重大な責任の放棄と言わざるをえない。
以上のように、大分市および大分県が中安遺跡の破壊に加担する結果を招いた対応の仕方は、国民的歴史的遺産の保存・活用という行政の本来の責務に、まさに逆行するものと断ぜざるをえない。各級の担当部局が今回の不行跡を率直に認め、各種文化財の歴史的価値を客観的に評価し、然るべき保存の実を上げうるよう組織の整備充実を図ることによって、本来の責務にたちかえるよう改めて強く要望する。
2000.11.17提出 19日シンポで配布
以下は6月13日提出の要望書です。
大分市長 木下敬之助殿
2000年 6 月 13 日
大分県文化財保存協議会
会長 二 宮 淳 一 郎
大分市城原・中安遺跡の保存について再要望書
大分県文化財保存協議会(以下、大文協と略)は去る4月I0目、首題の件についての要望書を提出L回答を求めました。5月10日、大分市教委文化財課及び同市都市整備課からその回答を受け、さらに意見を交換する機会(以下、「協議」と略)を持ちました。
その回答及び「協議」の結果ならびにその後の諸状況をふまえて、標記の件について改めて次のように再質問・再要請いたします。
貴職において充分ご検討の上、文書による回答を求めます。あくまでも文書回答を拒否する姿勢に固執するならば、早急に日時を設定して本会との意見交換の場を持たれるよう強く要望いたします。
1.文化庁の意向について
大分市議会文教常任委員会が去る19日現地を視察した際、説明に当たった市教委文化財課は、「文化庁も『保存の対象にならない』との考えのようだ」と説明したとの
報道があります。
この報道の趣旨は事実なのか。
前回の「協議」の場でも、このことが議論の対象となったが、少なくとも文化庁側からそのような明確な意向が示されたという説明はなされませんでした。
それにも係わらず旬日を経ずして、市議会の担当委員会にそのような説明がなされ たということは、市議会及ぴ市民の正当な判断を著しく誤らせることになります。
この件について、明確な経過の説明を改めて求めます。
2.遺跡保存のための工法変更について
遺跡の破壊も止むを得ないという理由の一つに、道路建設計画の変更は不可能とい うことが挙げられました。現地を視察した市議会文教常任委員会に対しても、市都市整備課は「工期が迫り、費用も時間的にも保存は難しい」と説明したと報道されています。
この報道の趣旨は事実なのか。
大文協との「協議」の中でも同様の趣旨が述べられたが、その理由たるや裏付けの
全く欠けた、極めて恣意的なものであることを指摘いたしました。
専門家も「工法変更の設計図を何枚積み上げ、可能性をどれだけ追求したのか」と 疑問を投げかけているという報道(大分合同・5月22日朝刊〕があります。 われわれも全く同様に考えます。
それにも係わらず前件と同様、このような説明に固執する以外にないとするならば その検討の経過について、具体的、且つ詳細な説明を改めて求めます。
3.当該遺跡の歴史的価値の重要性について
大文協との「協議」の中で、市教委文化財課は「郡衙は全国に数百カ所あり、海部 郡衙はその一つにすぎない」とする趣旨の認識を示しました。
このような認識は、これまで市・県当局等に提出された各種専門家組織、例えば大 分県考古学会、九州考古学会、日本考古学協会、および地元の大在地区文化財同好会や坂の市地区文化財愛好会、大友氏関連遺跡の保存を考える会などの見解と著しく異なるものであります。
例えば、日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会が4月17日に提出された「中 安遺跡の保存に関する要望書」の中で、当該遺跡の歴史的な意義について次のように述べられています。
「古代の郡衙政庁(郡庁)跡の発見は、大分県下において初めてであるばかりか、 全国的に見ても稀少な遺跡で、古代の律令国家と地方行政との諸関係を考える上でも重要であり、学術・文化的に極めて高い価値を持つものと考えられます。」と。
また、予てからわれわれ大文協と共に文化財の学習・研究・保存活動を全国的に展開してきた文化財保存全国協議会は、去る5月12日の同会第31回総会で、「大分市中安遺跡保存要望決議」を採択し、その決議文はすでに文化庁長官、大分県知事、同教育長、大分市長、同教育長に送付済の筈であります。
その中には次のように述べられております。
「本遺跡のような例は、県下ではこれまで発見されておらず、規模や保存状態とも 福岡県小郡市上岩田官衙遺跡に匹敵する全国的にも重要かつ極めてまれな遺跡であると思われ(中略)学術的に計り知れない意義をもつと考えられます」と。
われわれ大文協は、この遺跡のもつ歴史的価値の重要性にいち早く注目し、前述のように要望書を提出した上、「協議」の中でもそれを強調してきました。
このように、多くの学術組織・市民団体が当該遺跡の学術的・歴史的重要性を認めその保存を強く要望しているなかにあっても、尚且つ大分市当局は、その意義を過少 評価するが如き前述の認識に固執するのか。改めて、その見解を問うものです。
四.以上のような、経過と事実のもとでわれわれ大文協は、本遺跡の保存と整備に向かって関係部局が全力で取り組むよう改めて次のことを要望いたします。
(1)広く現遺跡周辺の調査を行い、遺跡の全体像を明らかにし、その結果を公表すること。
(2)当該道路計画の変更を含めて、遺跡の全面保存とその遺跡の整備・公開の措置を講ずること。
尚、特に次のことを付言しておきます。
今回の再要請には、新聞などの報道に基づいた項がいくつかありますが、一般の市の市・県民にとってはそれらマスメディアが主たる情報源であり、市・県民に広く正確な情報を提供する意味で敢えてその手法を採ったことを了解された上、この件に関する大分市当局の見解を平易且つ周到に開陳されることを、併せて要望します。
大分市への中安遺跡保存要望書 4月提出、5月10日に交渉
大分市中安遺跡(古代海部郡役所跡)
保存についての要望および質問書
3月11日の現地説明会や最近の新聞報道で明らかになりましたように.大
分市域原所在の中安遺跡は、飛鳥.奈良時代の郡役所をふくむ遺跡として、
大分市、さらには大分県民全体にとって大変重要な価値をもつと考えます。
地元の大在、坂ノ市地区の文化財同好会だけでなく、大分県考古学会・九
州考古学会からも現状保存の要望がすでに提出されています。ところが4
月3日付の新聞報道によりますと、市は中安遺跡を調査後、破壊すると決
定したとのことであります。
この決定は拙速に過ぎると考えざるをえません.中安遺跡のような遺跡
を破壊することは、市民、さらには国民に対して恥ずべき行為であり、悔
いを千載に残す暴挙であると思料されます。
大分県文化財保存協議会としてはその学術的価値はもとより、市民の財
産として、中安遣跡を破壊することなく、亀塚古墳とともに一帯を史跡公
園として保存をはかるように要望いたします。
市はこの決定にあたり文化庁の指導を仰いだとしており、またワールド
カップサッカー開催に支障をきたすとの説明をしているようであります。
文化庁の見解および県の意向を詳細に明らかにすべきであります。
また大分県遺跡地図にも周知の遺跡(322228)として登載されており、今回の道路建設に際しても2年前に試掘調査を行っていると聞いております。すなわち遺跡の存在は予測できたのであり.当遺跡が、こともあろう
に市の計画した都市計画道路のために破壊されようとしている事実は、道
路計画の当初より、遺跡の存在を軽視したものとしか思われないしだいで
す。
新聞報道によりますと、当遺跡の一部にはすでにマンションが建設され.
遺跡の価値を損なっており保存ができない、との理由が挙げられておりま
す。当該マンションの建築の周知の遺跡に対する文化財保護法第57条2項の手続きにもとづく発掘調査は行われたのでありましようか.行われたとすれば調査結果を明らかにし.行われなかったとするならばそれについての事実経過をあきらかにするよう要望いたします。
また道路建設に際しての試掘調査の結果についても明かにするよう要望
いたします:
要 望 1
中安遺跡を破壊することなく.亀塚古墳とともに一帯を史跡公園
として.保存をはかるようにしてください.
2 中安遺跡内マンションの建設時.および今回の道路建設に際して
の試掘調査の行政的対応の結果を早急に公開してください.
質 問 1
中安遺跡の重要性について.大分市はどのように考えるものでし
ょうか.
2 今回の調査範囲外にも存在すると思われる郡役所関連遺跡群に対
して.今後どのような保存対策を取られるのでしょうか.
3 中安遺跡内マンシ∃ンの建設時.および今回の道路建設に際して
の試掘調査の結果、行政的対応のしだいはどのようなものだった
のでしようか.
4 文化庁の指導になる.遺跡破壊やむなしとの見解を明らかにして
ください.
5 当該都市計画道路の計画変更にともなう.ワールドカップサッカ
一問催におよぼす支障とはいかなるものでしようか.
以上.要望および質問に対し.過去の事例にならい2週間以内にご回答く
ださいますようお願い申しあげます.
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