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中安遺跡に関する新聞報道一覧
(内容の要約とコメントです)
抜けている記事がありましたら、事務局までご連絡をください
4月5日 大分合同新聞
「初めから破壊ありき」・・大分市教育委員会の「保存は難しい」との、事実上の破壊宣言に対する大分県考古学会の反発を伝えた。
これが中安遺跡保存に関する第一報と思います。
4月8日 大分合同新聞
「極めて重要 保存を」・・九州考古学会が市・県教育委員会に保存要望書を伝えた。
4月12日 大分合同新聞
私達、大文協の中安遺跡保存要望書提出を伝えている。
4月17日〜22日 大分合同新聞
「遺跡をどう生かすか」と題して5回にわたって中安遺跡保存をめぐる問題を掘り下げて報じた特集記事。
市教委の対応の問題点や地元の利害の問題まで突っ込んだ内容。
4月22日 大分合同新聞
大友氏関連遺跡の保存を考える会が提出した公開質問状について。
中安遺跡や顕徳町の大友館跡の活用などを質問。
大文協もこの会の団体会員です。
5月1日 大分合同新聞
社説「文化財保護に一貫性を」
これまでの大友館、亀塚古墳、磯崎 新氏の建築の保存での大分市の対応が一方で保存を言い、片方で同様の文化財を破壊するというやり方に一貫性がないと強く批判したもの。
5月11日 大分合同新聞
私たち大文協と大分市との10日の交渉の結果を報じたもの。
くわしくはHot news へ。
5月12日 大分合同新聞
県文化財保護審議会を中安遺跡視察を報じたもの。
県教委の山本文化課長が「今後も市教委に遺跡保存に向けた検討を指導していきたい」と 述べている点が注目される。
5月12日 大分合同新聞
上記の記事の下に木下大分市長が大分大学での公開講座で中安遺跡にふれている。
中安遺跡と道路建設や、高崎山の猿捕獲を例として、市政の運営において
「どんなに異質なものでも、てんびんにかけて答えをださなければならない。」
この方の価値のあり方がわかる例でしょう。
「美味しんぼ」に登場した「文化人市長」さんは別の人のようです。
5月13日 大分合同新聞
文化財保存全国協議会(文全協)が松江大会において中安遺跡の保存要望を決議し、
文化庁や大分県、大分市に決議書を送ることを報じたもの。
昨年の文全協大会は宇佐で開催されました。昨年の大文協の宇佐大会での頑張りも含めて今回、わたし達大文協が和島賞をいただいたわけです。
5月20日ごろ (日付を忘れてすいません) 大分合同新聞
日本考古学協会が5月19日までに文化庁や県・県教委、市・市教委に保存要望書を提出しことを報じている。
5月20日 大分合同新聞
大分市議会文教委員会の中安遺跡視察を報じたもの。
市教委はかねて、文化庁が「保存の対象にならない」との考えであると繰り返してきた。しかし、わたし達との交渉の際に、文化庁のだれの考えなのか明らかにできなかった。ところが市議にたいして再び同じ説明をしていることがわかった。
5月22日 大分合同新聞
大勢の専門家が保存を要望している状況にたいして、大分市教委がかたくなに保存は難しいと言い、さらにはわたし達大文協との交渉で、市教委の秦参事が郡衙は全国にたくさんあるといった趣旨の言葉に続けて「学会の評価は学会の評価にすぎない」と述べたこと などで、専門家との対立が深まっていることや、本来保存にむけて一番努力をすべき職務の市教委がはじめから、そのような動きをしめしていなかったことなど、これまでに分かった事実経過などがくわしく報じられている。調査期限は5月末まで。
5月25日 大分合同新聞
調査期限のせまる中安遺跡周辺が、じつは大分市が策定したばかりの「緑の基本計画」のなかで歴史との触れ合いをうたい文句とする「蓬莱公園」として位置付けられていることを報じると共に、同じ都市計画部内の公園緑地課と、道路建設を進めている都市整備課の間で チグハグな市の方針を指摘した。
5月28日、29日 大分合同新聞
28日は小田富士雄(福岡大学人文学部教授)、29日は後藤宗俊(別府大学文学部教授)がそれぞれ中安遺跡の価値について発掘の成果をもとに論じています。
お二人はそれぞれ大分県文化財保護審議会の専門委員と会長です。
大分民報 5月号
中安遺跡の保存について大文協事務局次長の加藤氏が説明しています。
5月30日 大分合同新聞
大分市文化財保護審議会も保護を求める答申を出したことを報じた。
しかも「審議会は遺跡の対応について十分注意する。」とし、「今回のような事態が再発しないよう、地域住民と学識経験者、行政が一体となった遺跡の保護・活用に向け、慎重かつ積極的に取り組むよう切望する。」と、市に対し苦言を呈している。
これをうけて、市教委は都市整備課と再協議に入ると報じられている。
これからが山場でしょう。
6月1日 大分合同新聞
6月4、11、18日にそれぞれ開かれる中安遺跡に関する講演会などについて報じた記事。
6月5日 大分合同新聞
昨日 開かれた大分県地方史研究会での小田富士雄福岡大教授の講演
「九州の古代官衙と中安遺跡」の内容を報じたもの。
この講演は私も聞きましたが、中安遺跡はたんに郡衙というだけでなく、
その前の評衙の遺構も出ているところが重要。
全国でも数えるほどしかなく、九州では国史跡に指定された福岡小郡遺跡についで
2例目であることを指摘された。
またそのような時代から海部が中央とのつながりが強かったのではないかと推測されるとのことでした。
6月12日 合同新聞
11日、大友関連遺跡の保存を考える会が中安遺跡についてに意見交換会開催
亀塚古墳資料館で開かれた会で活発な意見が交わされました。さまざまな提案が出され、他団体と「考える会」をつくるということで準備会が設立しました。 6月196月19日 合同新聞
大分県文化財保存協議会本年度の大会を伝える記事(くわしくは文化財情報 ・hotnewsへ)
6月19日 合同新聞
日本考古学協会の埋蔵文化財保護対策委員会が6月21日に大分市長・教育長と面談の予定であることを伝える記事。
6月20日 合同新聞
大分市議会で中安遺跡問題がとりあげられたことを伝える記事。(詳しくはhotnewsへ)
6月21日 合同新聞
市議会での市教育長の答弁が誤解を招くと県教委が指導
(hotnewsへ)
6月22日 合同新聞
木下大分市長「工事優先」を言明。日本考古学協会らとの面談を伝えた記事。
6月23日 合同新聞
大分市議会文教委員会、大分市に文化財行政に縦割りの弊害があったとして改善を求めた。
6月26日 合同新聞
大分市長と日本考古学協会との話し合いやこれまでの市議会などでの動きなどをまとめた上で、大分市の開発優先の姿勢が浮きぼりになっていると報じている。
またさきに出された大分市文化財保護審議会の答申の扱いに疑問があると伝えている。答申では中安遺跡を「可能な限り保存すべき」となっていたが、市教委は「可能な限り、広い面積を保存すべき」と表現を変え、道路建設を進める市都市整備課に伝えていたことが市議会の一般質問で明らかになった。答申では“全面保存”が原則であったのに、勝手に“条件闘争”に変えているとも報じられている。
7月7日 合同新聞
県議会での質問。矢野征子議員(公明)と県教委との質疑を伝えたもの。
hotnews
7月8日 合同新聞
前日と同じく県議会での内田淳一議員(社会)と県教委との質疑を伝えている。 hotnews
7.12 合同新聞
11日に、日本考古学協会の代表4人が文化庁を訪れ、大分市中安遺跡の保存を訴え、同遺跡の視察を要望しました。 hotnews
●中安遺跡、大半を破壊 大分市・市教委が最終方針
大分合同新聞 7・19
道路優先か、現状保存かで揺れていた大分市城原の海部郡衙(ぐんが)跡=中安遺跡=の取り扱いを検討していた大分市、同市教委は十八日、「ワールドカップなどを控えて工期の延長が難しい。土地の地権者の理解が得られない」などを理由に、一部工法変更で保存するものの、大半を破壊する最終方針を発表した。現状保存を要望していた県考古学会は反発している。
市、市教委によると、五月二十九日の市文化財保護審議会の「可能な限りの遺跡保存を」の答申を受け、市教委と道路建設を進める都市整備課が再検討に入った。その後、四度にわたる協議を経て最終方針を決定した。
それによると、(1)道路側壁の工法を変更して道路部分を一部縮小し、道路にかかる遺跡面積(六三六七・〇五平方m)の七・四%に当たる四六九・四平方mを保存(2)その結果、道路にかかる郡衙政庁の一部(一〇一一・二平方m)のうち、一四・三%に当たる一四四・六四平方mが保存される(3)郡衙関連施設が展開すると推測される周辺については、条件整備が整い次第、発掘調査し、保存手法を検討する−などとしている。
一部を工法変更で保存するものの、事実上は当初の予定通りに遺跡を破壊することになった理由について、市は「県がワールドカップや東九州自動車道のアクセス道路として重要視し、来年秋までの完成を望むなど工期の延長が難しい。トンネルなどへの工法の変更も、地権者の理解が得られない」と説明している。
市教委は県、文化庁との協議について「県も『やむを得ない判断』として承知した。文化庁にも県を通して報告したが、その後、県から何ら連絡もない」と話している。
また、県教委は「市教委の慎重な検討の結果であり、尊重したい」とのコメントを発表。同時に(1)早く周辺の調査を実施し、中安遺跡の範囲を確認する(2)開発に伴う発掘調査は可能な限り早い段階でしてほしい−の注文を付けたことを明らかにした。
一方、現状保存を要望していた県考古学会は「前進のない対応は非常に残念だ。今後、早急に学会としての対応を検討したい」と話している。
★中安遺跡、大半を破壊 大分市・市教委が最終方針
道路優先か、現状保存かで揺れていた大分市城原の海部郡衙跡(中安遺跡)の取り扱い
を検討していた大分市、同市教委は18日、「ワールドカップなどを控えて工期の延長が
難しい。土地の地権者の理解が得られない」などを理由に、一部工法変更で保存するも
のの、大半を破壊する最終方針を発表した。現状保存を要望していた県考古学会は反発
している。 考古学情報・2000.7.20
●大分合同社説-7・20 「中安遺跡と大分市の対応」
全文引用しました。誤字などは管理人のミスです。
《保存か破壊かで注目された大分市城原の
中安遺跡は一部保存、大半破壊ということ
になった。道路工事を優先するという大分市の初
期の方針が貫かれたわけだ。
それにしても今回、専門家の間では全国規模で保存が叫ばれながら、ほとんど聞き入れられなかったことは、行政の文化財保護への認識の低さを示すものではなかろうか。特に発掘調査に当たった大分市教育委員会
の初期段階での判断ミスはなかったか、また行政の縦割りの弊害がなかったか、監督責任のある文化庁の消極的姿勢もあらためて問わねばならない。
中安遺跡が古代(七、八世紀)の海部郡衙(ぐんが)跡と見られると大分市教育委員会が発表したのは今年一月。発掘調査は一年前から始まっていた。
郡衙は豊後国衙(国府)のもとで地方(郡)を治める役所である。豊後には八郡あったが、郡衙跡が見つかったのは初めて。
全国的にも発見例は少ない。
しかも郡衙以前の評衙(ひょうが)跡が重なってあるという。評とは聞きなれないが、大分県が一九八二年に発行した『大分県市』によると、七世紀末に豊後国が成立するまでは、豊後は幾つかの評(ひょう・こおり)に分かれて、大宰府が支配していたという。豊後国が成立して評が郡になったと見られている。従って海部郡衙跡に海部評衙があっても当然だが、評衙と郡衙が重なって発見された例はこれまで非常に少ない。しかも海部評・郡衙跡の近くには五世紀の巨大な前方後円墳「亀塚古墳」があり、これを築いた海部のの有力者の子孫、ないし一族が海部評衙・郡衙の長官に任命され、役所を建てたと見られる。古代海部の歴史を知る上で、亀塚古墳から評衙・郡衙へと続く遺跡は一体となって保存・顕彰されるべきであろう。(亀塚古墳は大分市の手で古墳公園と資料館として立派に顕彰されている)。
ところが大分市と市教委はそうは見なかった。郡衙は全国に数百あり、海部郡衙はその一つにすぎない、という見解が市教委から示された。文献上は確かにその通りだ。しかし全国数百ある郡衙のうち、遺跡として見つかっているのは数件。まして評衙と重なる遺跡となるとまれだ。県考古学会や日本考古学協会が中安遺跡の重要さを力説し、強く保存を求めたのはこのためだ。
にもかかわらず大分市教委が中安遺跡の価値を過小評価しようとしたのはなぜだろう。一つには郡衙(政庁)の中心部分が既に民間業者のマンション建設で破壊されているということが挙げられた。ところがこの民間の開発は事前にチェックされなかった。実は中安遺跡は周知遺跡に指定され、開発する場合は事前に確認調査をしなければならない。だが開発の届け出は市建築指導課、発掘調査は市教委。建築指導課に開発の申請があっても、それが市教委に知らされるとは限らない。恐らく市教委の知らないうちに開発が行われたのだろう。この点について市教育長は市議会で、開発許可基準の千平方b以下だったので確認調査はしなかったと答弁したが、これは不適切だと県教育委員会は指摘した。少しお粗末な話だが、要するに行政間の連絡不十分、縦割り行政の弊害だろう。
とにかく市教委が遺跡の価値を低く見ようとした根底には都市計画による道路建設と、その工期が切羽詰っているこたことが大きかったのは確実。道路はワールドカップサッカー会場や東九州自動車道へのアクセス道路であり、今更う回道路にしたりトンネルを掘ったり、工法変更の時間がないこともあっただろう。遺跡の重要性よりまず道路の重要性、であった。
その事情は分からないでもないが、なぜもっと早い段階で中安遺跡が海部郡衙跡の可能性があることを発表しなかったのだろう。一年前に発表されれば、工事工法の変更も可能だったかもしれない。市教委の発掘初期段階での判断ミスではなかろうか。
文化庁の姿勢もほとんど市の言い分をそのまま受け入れているという印象だった。
この点は日本考古学協会が文化庁に異例ともいえる、保存申し入れを直接行ったことにも現れている。これに対して文化庁は聞き置く程度で、独自に現地視察や調査を行うことはなかった。
むしろ大分市文化財保護審議会が現場を調べ、保存方を強く答申したのは文化財保護の基本
を貫いて良心的だった。
今回の件で、文化財保護は純粋に学術的価値を基に行うべきで、行政の思惑や政治的配慮でゆがめられるべきではないことを痛感した.
》
中安遺跡の全面保存を! こんにちは日本共産党大分市議団です 7月
日本共産党大分市議団の発行するパンフで、中安遺跡について、同党も全面保存を市議会で要求したことを報告。木下市政を批判。
大文協、大分市長に抗議書提出 7月25日 合同新聞 ・ しんぶん赤旗
中安遺跡の破壊を発表した大分市に対し、抗議書を提出。
hotnews
★「中安遺跡、完全保存を」 大分市長に抗議声明文
市民団体「県文化財保存協議会」(会長=二宮淳一郎別府大名誉教授)は24日、大分市
城原の中安遺跡保存問題について、市教委が示した一部保存のうえ、予定通り都市計画
道路を建設するとの最終方針の撤回と完全保存を求める声明文を木下敬之助市長あてに
提出した。 考古学情報 2000.7.28
★中安遺跡に関する市議会答弁-「大分市議会だより」 2000年8月号
文化遺産保存の考え方は
質問 中安遺跡から奈良時代に海部地域を治めた役所である海部郡衙(ぐんが)政庁跡と見られ る大型建物群跡が出土した。専門家は、県内で初の出土で、九州でも珍しい発見あると保 存、活用を求めている。文化遺産、史跡の保存について、教育委員会はどのように考え発 掘調査を行っているか。
教育長 文化財保護法では、地方公共団体に対し、「文化財は我が国の歴史、文化等の正しい理 解のため、且つ、将来の文化の向上発展の基礎をなすものであるとことを認識し、その 保存適切に行われるように、周到の注意をもってこの法律の趣旨の徹底に努める」べき ことを求めている。
教育委員会としても、この法律に沿った行政運営に努めている。
整備公開を
質問 大分市城原の中安遺跡は、都市計画道路建設に伴う発掘調査が行われているが、極めて
重要な遺跡であることが明かになっている。
そこで、遺跡を保存し、海部郡衙跡として整備公開するよう必要な措置をとるべきと考える が、見解を聞きたい。
教育長 遺跡の保存について、これまでの経緯及び審議会の答申にもあった検討項目を整備し、 郡衙政庁跡部分については、可能な限り広い面積を残せるよう市都市整備課に工法の 再検討を申し入れ、現在、大分県都市計画課と最終協議並びに調整を行っている状況で ある。
今後とも、鋭意協議を進め、適切に対処したい。
記録保存からの復元は
質問 中安遺跡で発見された遺跡は、海部郡衙の政庁跡の可能性が極めて高く、県で初例の遺 跡であり、貴重な国民共有の財産である。
現地では、既に遺跡を挟んだ形で道路建設が進んでおり、現状保存が困難な場合、記録 保存となるのか。
周辺未調査部分の調査の結果、保存、復元の方向が出た場合は、記録保存からの復元 は可能なのか。
教育長 埋蔵文化財の記録保存は、やむなく現状保存がでくない場合、事前に発掘調査を行い、 その結果を保存するもので、事業等により失われる遺跡の遺構や遺物の出土状況を詳 細に記録し、埋蔵文化財そのものにかえて後世に保存するもので、将来の復元にも十分 対応できるものである。
藤:既に発表された事実上の破壊方針を見るとき、上記の教育長の答弁は空疎に見える。「国民共有の財産」を破壊する責任を何も感じていないのだろう。将来の復元に触れているところなど、中安遺跡の価値をいまだに認識していない。
大文協、県教委に、大分市の中安遺跡破壊方針の撤回を指導するように要請 8・2 合同新聞
県教委は、問題は既に終わったという態度に終始した。 hotnews
県考古学会声明-中安遺跡について大分市の「最終方針」の撤回と全面保存をあらためて求める声明を発表 hotnews 8.9 合同新聞
九州考古学会も再度、中安遺跡の全面保存を求める要望書を大分市・同市教委、県教委に提出
hotnews 8.10 合同新聞
★市道建設着工で中安遺跡の取り壊し始まる/大分県
「海部郡衙」跡と推定されている中安遺跡が16日、大分市の市道(横塚〜久土線)建設
の着工開始で取り壊しが始まった。大分県文化財保存協議会による全面保存の訴えに対
し、市側は着工の変更がないことを返答していた。
考古学情報73
県文化財保存審議会、県教育長に異例の意見書提出-8月22日 合同新聞
本年度第一回の県文化財保護審議会の委員一同は、中安遺跡の「破壊」を容認した県教委の対応などに対して6項目の意見書を提出。再度、遺跡の保存を要求しました。hotnews
11月に入り、合同新聞で、工事中すなわち遺跡の中心部が削られたことが報道された。
11月15、16日夕刊 合同新聞
11月19日開催予定の大分県考古学会等(大分協協賛)主催のシンポジウム『中安遺跡』について、県考古学会会長の賀川光夫氏(大文協顧問)と別府大学教授後藤宗俊氏の談話を載せています
11月22日夕刊 合同
11月19日のシンポジウム「古代律令国家と海部の光芒ー中安遺跡の語るもの」の報告記事。各講演・パネリストの発言で「大分県の文化財行政は1960年代に逆戻り」や、「未来への責任を果たしているか」などの発言を引用し、「目先しか考えない行政へ厳しい批判が相次いだ」としている。また中安遺跡の残された遺構については、今後も保存を訴えつづけることを確認したと報じている。
2001年 1月21日 合同
中安遺跡の問題をめぐって、昨年八月十日の第一会の会合において、県文化財保護審議会の会員が委嘱状(任期二年)を受け取らず、会長預かりとなっていることや、その後も委員と県文化課との対立が続いていることを報じた。
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