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文化財情報
大分県内を中心に文化財と文化財保存に関するニュースをのせるページです。
身の回りの小さなお堂やお地蔵さんのことでもかまいません。掲示板にご記入ください。
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●・・・県内ニュース ★・・・県外ニュース
★ 四国防衛軍の壕跡 やぶの中に歴史の断面 南国市
2004年02月25日高知新聞
南国市大そね乙にある小さな山に、旧日本軍が本土決戦に備えて掘ったとみられる洞くつ状の壕(ごう)や複数の塹壕(ざんごう)が、ほぼ当時の姿で残っている。中には長さが約20メートルある壕も。地元民以外は戦争遺跡として知る人は少なく、ひっそりと歴史の一断面を伝えている。
この山は高知空港の西約2キロの香長中学校脇にある、通称「小山(こやま)」。高さはわずか50メートルほどで、斜面に墓がたくさん並んでいる。
壕はやぶの中に点在。深さ約2メートルの塹壕が断続的に掘られたり、1人用の“たこつぼ”もある。
南向き斜面にある壕の入り口は、高さ約1・5メートル。中へ入ると、すぐに左右に分かれている。通路の幅は約90センチで、しゃがみながら左へ進むと、9メートルほどで行き止まり。壁面には、のみなどを使ったとみられる削り跡がくっきり残っている。
右は奥行き10メートルほどある。突き当たりはかすかな光が漏れ、外に通じていたようだが、現在は岩などでふさがっている。
太平洋戦争末期、本県沿岸部には四国防衛軍が陣を張っていた。この壕を調査している記録作家の金井明さん(73)=高知市南久万=や、土佐史談会の前田祐司さん(52)=同市追手筋1丁目=は「資料などから、敵兵上陸に備えた壕に間違いない」「調べれば、壕はまだ見つかりそう。戦争の歴史を語る遺跡として残したい」と話している。
★「大津市の古都指定」を閣議決定 市長、町並みを次代に継承
2003.10.7京都新聞
政府は7日、古都保存法に基づき、滋賀県大津市を古都指定する政令改正を閣議決定した。古都指定は京都市や奈良市、神奈川県鎌倉市などに続き全国で10番目。今後、国や県が定める保存地区で、新たな建築に際して知事への届け出や許可が必要になり、開発に一定の歯止めがかかる。
大津市は、急激な人口増加に伴う無秩序な住宅建設や再開発を防ぎ、自然や歴史資産を生かすまちづくりを進めるため、古都指定を国に要望。国土交通相の諮問機関・社会資本整備審議会が7月に「大津に都(近江大津宮)が置かれた5年間は内政、外政面での重大な改革期」「仏教文化の中核をなした寺社が集積している」として指定を答申した。
山田豊三郎大津市長は「まち並みを次代に継承し、景観に配慮した風格あるまちづくりに努める」、国松善次滋賀県知事は「古都大津の魅力を国内はもとより世界に向けて発信したい」とのコメントを出した。
★旧制弘高の建物が取り壊しの危機 2003.9.30東奥日報
一九二五(大正十四)年に、旧制弘前高校の外国人教師宿舎として建てられた弘前市富田の弘前大学職員宿舎が県の都市計画街路事業のため、年内にも取り壊されようとしている。旧制弘前高校の建物として唯一残されているもので、弘大が所有する施設の中でも最も古く、取り壊しを知った教官らが「大学の歴史を物語る貴重な財産」と、保存に向けて動いている。
弘大職員宿舎は、近くに旧弘前偕行社(現弘前女子厚生学院)がある閑静な住宅街にあり、大きな樹木に囲まれた二階建ての洋風建築。設計者は不明だが、歴代の住人が住みやすいように所々に手を加えている。二棟並んで左右対称に建てられ、このうち一棟は三月まで、教育学部教官が住んでいた。
しかし、県の337弘前黒石線都市計画街路事業により、この敷地の半分を道路が横切ることが決定。宿舎が取り壊される恐れが出てきたため、教官らが保存へ向けて動き出した。
教育学部の芳野明助教授(美術教育講座)は「弘前市には多くの歴史的建造物が残されているが、大正時代の洋風建築は少ない」と保存活動の意義を語る。遠藤正彦学長らに働き掛けた結果、学長も「保存し、大学構内に移築したい」意向を示した。
二棟のうち、状態が良い方を構内に移築する方向で教官や職員らが検討を重ねており、内装に手を加えて一般に開放、旧制弘前高校時代の資料展示室などとして利用する考えだ。資金面の課題があるが、関係各方面に協力を求めていく。
県文化財保護審議会委員の須藤弘敏・人文学部教授によると、全国各地にあった旧制高校の校舎・寄宿舎などの建造物は現在、ほとんど残されていない。それだけに、須藤教授は「町の個性は町が積み重ねてきた歴史と文化にこそある。学都弘前を象徴するこの宿舎を保存する意義は大きい」と力説している。
☆壱岐を「しまごと博物館」に 原の辻など整備へ 2003.7.31 長崎新聞
壱岐島のテーマを「しまごと博物館」と了承した原の辻遺跡・埋蔵文化財センター整備基本構想策定会議=長崎市新地町、長崎ワシントンホテル
県が、壱岐島内に設置を計画している埋蔵文化財センターの整備方針を検討する「原の辻遺跡・埋蔵文化財センター等整備基本構想策定会議」(委員長・西谷正九州大名誉教授)の第三回会合が二十九日、長崎市内のホテルで開かれた。
策定会議は同センターの整備を中心に壱岐島全体の振興策も話し合っており、この日は県内外にPRする島のテーマを「しまごと博物館」とすることで了承した。
会合では、国特別史跡、原の辻遺跡(芦辺町、石田町)と島内に点在する古墳群などとのネットワークなどを検討。県が示した、体験観光などの案について「壱岐にしかない、というものが足りない」「若者を呼び込むという視点が乏しい」「遺跡を活用して歴史ロマンを呼び起こすようなイメージづくりが重要」などの意見が出た。
一方、これまで県が「まるごと博物館」としていた壱岐島のテーマを、島の特性をアピールするため「しまごと博物館」とすることにした。
検討事項が多いため、当初四回で終了する予定だった会合を一回増やし、十月に開く第五回会合で知事や壱岐四町長に渡す提言書を取りまとめる予定。
☆江戸期の町並みピンチ 福山・鞆地区5軒に1軒空き家
'03/6/20 中国新聞 --------------------------------------------------------------------------------
福山市鞆町の中心部で、家屋のほぼ五軒に一軒が空き家になっていることが、住民団体の調査で分かった。狭い道路など住環境の不便さが、人口減少を招いてきた。江戸時代の面影が残る町並みが、空洞化の危機にひんしている。
四月中旬から六月初めにかけ、特定非営利活動法人(NPO法人)の「鞆まちづくり工房」(松居秀子代表)メンバーらが、町中心部を訪ね歩いて調査した結果、少なくとも四十三軒が空き家だった。市が伝統的建造物群保存地区(伝建地区)に指定している八・六ヘクタール、約二百五十軒の17・2%に当たる。
空き家のうち十一軒は、江戸時代に建てられたとみられる。幕末、坂本龍馬が、紀州藩との船の衝突事故(いろは丸事件)をめぐる賠償交渉に使った「旧魚屋萬蔵宅」もその一つ。このほか、家屋を取り壊した跡とみられる駐車場が三十カ所に上り、全敷地の一割強を占めているという。
一九六〇年に一万八千人を超えていた鞆町の人口は、今年五月末で約五千六百人に減っている。
市は、九八年度から続けてきた「鞆地区町並み保存事業」の予算執行を、鞆港埋め立て・架橋計画が進んでいないことを理由に、本年度は凍結している。
■龍馬ゆかりの家も無人 鞆中心部進む空洞化
空き家が目立ち始めた福山市鞆町の町並み。中心部の17%に上るという。人口減の背景には、狭い道路事情などの不便さがある。調査した特定非営利活動法人(NPO法人)「鞆まちづくり工房」(松居秀子代表)メンバーらは、市に保存と改善策を強く訴えている。
坂本龍馬が、いろは丸事件の賠償交渉に使った「旧魚屋萬蔵宅」。今は沼隈町の娘夫婦の元へ身を寄せている多木久代さん(68)が、二〇〇一年十月まで住んでいた。「交渉場所になったとされる二階の八畳間を、寝室として使っていました」と、多木さんは懐かしむ。「この家で呉服店を営んでいた夫が他界しましてね。愛着はあっても、一人で住むには不便で…」。四月に「売り家」の張り紙を出した。
家々が軒を連ねる鞆の街路は、幅が三、四メートルと狭く、自動車の離合にもひと苦労だ。土地勘のある人同士ならうまく譲り合えるが、慣れないドライバーが立ち往生することもしばしば。地元のお年寄りや観光客らが、自動車が行き交う道路の端を窮屈そうに歩く場面も見られる。
市は、鞆町中心部の歴史的な建物を保存するため、国の「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)」選定を目指している。選定までのつなぎとして、一九九八年度から予算を組んでいるのが「鞆地区町並み保存事業」だ。昨年度までの五年間で計約六千七百万円を投じ、二十七棟を改修した。
ところが、本年度、市が予算執行を凍結したことで、町並み保存に暗雲が漂っている。重伝建と「車の両輪」と位置付ける鞆港埋め立て・架橋計画が進んでいないためだ。三好章市長は「地元同意に全力を挙げ、七月に推進か、中止かの結論を出す」と言明。この結論が出るまでは、町並み保存は宙に浮くことになる。
「鞆まちづくり工房」のメンバーの一人、岡本純夫さん(52)は「橋をかけることよりも、住民が暮らす町の問題を解決する方が先のはず」と、行政の姿勢に疑問を投げ掛ける。「持ち主の同意が得られれば、空き家を活用したい。借りたいという人を呼び込んだり、店として再生するなどして、町の活性化につなげたい」と話している。
【写真説明】坂本龍馬ゆかりの「旧魚屋萬蔵宅」。4月から売りに出されている
●19日まで明治の”絞り染め”展示 2003.6.17
合同
明治から昭和初期に使われた絞り染めの着物などを集めた「芙蓉会コレクション展」が十九日まで、別府市御幸の羽柴千重さん(70)宅で開かれている。絞り染めの着物のほか、羽織、手がら(髪飾り)など約百二十点が、所狭しと並んでいる。
羽柴さんは二十五年ほど前から東京で古物商を営んでいる。東京と別府を行き来しながら、着物や帯、髪留め、人形などで珍しいものを少しずつ収集。別府では二年前から、毎回テーマを変え、定期的に展示している。評判は口コミで広がり、主婦層を中心に人気を集めている。
「手の込んだ絞り染めは、明治、大正時代の庶民には手に入らなかった高価なもの。時代の変化で少しずつ減っている古い物を、手元に残していきたい」と羽柴さん。
●郷土の食文化守ろう 県がスローフード運動推進
2002.12.17 合同
大分県は本年度から、「だんご汁」など地域固有の食材や伝統的食文化を守り伝える「スローフード運動」の推進に取り組む。牛海綿状脳症(BSE)や残留農薬問題などで食品に対する消費者の不信感が募る中、安全で質の高い地域の食品を守ることが県民の健康増進や農業、農村の活性化につながるとの考えによる。民間主導による全県的な運動に発展させるため、運動の母体となるNPO(民間非営利団体)の設立も視野に入れながら準備を進める。
県は十三日に、運動の在り方を探るための調査研究会を農政部の関係四課(農政企画、営農指導、農産、流通園芸)と一室(むらづくり推進)で設置した。
研究会は「やせうま」や「アジずし」「りゅうきゅう」「とりめし」など県内各地に伝わる食材とそれを使った料理の伝承者を調査。NPO設立に向け、地域で運動をリードする人材の発掘にも乗り出す。
スローフードは、ハンバーガーなどのファストフードに対する概念として生まれた言葉。「昔から口にしてきた食べ物の素晴らしさを見直そう」と提案するスローフード運動は十六年前にイタリアで始まり、世界中に広がった。
イタリアにスローフード協会の国際本部があり、世界の四十五カ国、百五十の都市に合わせて六万五千人の会員を持つ。運動として(1)消えつつある郷土料理や質の高い食品を守る(2)質の高い素材を提供する小規模生産者を守る(3)子供を含めた消費者に味の教育を進める―などに取り組んでいる。
世界各国での運動の担い手はNPOで、伝統的食文化をテーマにした研修会や試食会の開催など独自の活動を展開し、普及に努めている。
日本では昨年十月に設立された「ニッポン東京スローフード協会」が窓口となり、この一年間に全国で十一団体が発足した。日本の食文化が見直される中、今後も運動の推進団体は増える見込み。
同協会の会長を務める小泉武夫東京農業大学教授は「日本の食文化は、地域で取れる農産物や魚介類などの味や栄養分を最大限に引き出すのが特徴。栄養バランスにも優れており、これらを毎日食べていた、かつての日本人の食生活はまさにスローフードだった。全国に通じる豊かな食文化を持ち、地域づくり運動の先進地である大分県がスローフード運動に取り組む意義は大きい」と話している。
●「大友館跡」の説明会に100人 2002.12.16 合同
大分市教委は十五日、同市顕徳町の国史跡「大友館跡」で、本年度の発掘調査結果を紹介する現地説明会を開き、市内外から約百人が訪れた。
今回の調査は十六世紀に造られた大規模な庭園跡の、北側隣接地を対象に実施した。スタッフが「十五世紀前半に規格性が高い掘っ立て柱建物跡三棟が発見された」「十六世紀末の井戸の跡から、当時使用されていた状態で和鏡(菊花双鳥文鏡)が出土した」などと説明。訪れた人はカメラやビデオに収めたり、スタッフに質問し、関心の高さがうかがえた。
竹田市玉来の深田重行さん(72)は「説明を受けながら眺めるとイメージがわく。遺跡公園としてきちんと整備してほしいですね」と話していた。
●目に浮かぶ中世の大友館 CG紹介や発掘体験
2002.12.15 合同
県立先哲史料館の講座「大友義鑑―大友館の建設者」が十四日、大分市顕徳町と元町の国史跡「大友館跡」と周辺の中世大友府内町遺跡であった。
講座受講生ら七十人が参加。旧万寿寺跡の現地で、史料館の鹿毛敏夫主任研究員が義鑑による館建設事業(十六世紀中ごろ)を記した古文書と、当時の館を復元したコンピューターグラフィックス(CG)を紹介。県教委文化課の坂本嘉弘主幹が、府内町遺跡から出土した、中国やタイ、ベトナムからの輸入陶磁器類の実物を見せながら説明した。
大友館跡では、発掘を担当している大分市教委文化財課の中西武久技師が、十五世紀の建物跡の出土状況など、本年度の調査結果を紹介した。この後、参加者は移植ごてなどを使って発掘を体験した。
受講生の石田ちか子さん(51)=大分市宮河内ハイランド=は「現地を訪れると、当時の館など町の様子が目に浮かぶよう。多くの人が中世の大友宗麟時代に関心を持ち、ぜひ遺跡を公園にするなど、まちづくりに生かしてほしい」と話していた。
●南蛮文化を独学複製? 大友遺跡にメダイ工房か
2002.12.06 合同
県教委が発掘調査をしている大分市の中世大友府内町遺跡から、製作途中とみられるキリスト教の護符メダイ(メダル)六点が出土した。うち五点は狭い範囲でまとまって見つかったことから、工房跡の可能性もある。キリシタン関係に詳しい「日本26聖人記念館」(長崎市)の結城了悟館長は「宣教師からもたらされたメダイをまねて、豊後府内で作っていたのではないか」と話している。
一点は、既に見つかっているメダイの近くで出土した。場所は十六世紀後半当時の御内町または堀ノ口町付近。縦二・四センチ、横一・八センチほどの縦長のだ円形。上部のつまみのような部分に、横向きにひもを通す小さな穴がある。表面に十字架とみられる彫り込みがあり、反対側はくぼんで何かを入れるようになっていた。完成品として使われていた可能性もある。別府大学と県立歴史博物館で成分分析をした結果、主に鉛とスズの合金だった。
ほかの半製品とみられる五点は、礎石建物跡などが見つかった当時の桜町と名ケ小路町付近で、半径五メートルの範囲にあった。いずれも大きさはほぼ同じで、材質は鉛とスズが多く、一点だけ銅。上部のつまみ部分に穴があるものと、ないものがあった。両面とも何の加工もされていない。周辺から多くの分銅が見つかっており、当初、これらも分銅ではないかとみられていた。
結城館長は「大きさや形から、メダイとみていい。いずれも製品となる前の段階ではないか。一点には、ギリシャ十字架とみられる彫り込みはあるが、はっきりしない。反対側のくぼみには、何かを埋め込もうとしたのだろう」と話す。「豊後府内には、日本でもいち早くキリスト教が伝えられた。初期の段階で、宣教師からもたらされたメダイをまねて作ろうとしていたのではないか」と推測している。
一五五一年、宣教師フランシスコ・ザビエルが府内を訪れ、大友宗麟に会った。宗麟がキリスト教を保護したため、間もなく布教活動が府内で始まった。
これまでの発掘調査で、当時の町並みからキリストとマリアを描いた「聖ベロニカの御影」のメダイ一点とロザリオの珠(たま=コンタ)一点、キリシタンを埋葬したとみられる墓地が見つかっている。南蛮貿易で国際貿易都市として栄える一方、西洋のキリスト教文化も花開いた様子が次第に浮かび上がっている。
●映画と語りで「愛」一段と シンポで保存訴える
合同2002.11.17
豊後森機関庫(玖珠町)を後世に残すためのシンポジウム「子どもと夢を! 機関庫保存でまちおこし」が十六日、同町のくすまちメルサンホールで開かれた。地元有志らが自主制作したドキュメンタリー映画「豊後森機関庫物語・時代(とき)の移ろい」を上映、全国でも希少とされる”鉄道遺産”の在り方を考えた。
会場には、県内外から約六百人。豊後森機関庫保存委員会の河野博文会長が「今日は、六十八年前に機関庫が落成した日。署名活動で集まった約二万三千人の支援を受けながら、機関庫の保存、開発、有効利用を考えていきたい」とあいさつ。続いて、貴重な写真や8ミリ映像で構成した自主制作映画(三十分)の発表会。俳優常田富士男さんらのナレーションにのって機関庫の歴史や昭和初期のにぎわい、廃虚と化した現状―などを大型スクリーンで上映。「みんなの力で、九州の発展を支えた鉄道拠点を保存しよう」と訴えた。
ステージでは、機関庫に勤務した旧国鉄OBの戦争体験談や、常田さんの記念講演「語りは祈りの心」も。大分市から家族三人で訪れた男性(38)は「映画に感動した。小さな町の大きな遺産を守り、未来に残してほしい」。地元・玖珠町の女性(77)は「涙が出た。機関庫を大切にしたい、と思う気持ちが一段と強くなった」と話していた。
同委員会は(1)国登録有形文化財として修復し、地域活性化に役立てる(2)かつて宮原線を走行したディーゼル列車「キハ07」(JR大分駅構内に保管)を”里帰り”させ、SLを日田―由布院間などの久大線に走らせる(3)官民一体となり、保存のための基金を設立する―を目標に運動。「県民のアイデアで、夢を現実にしたい」としている。
豊後森機関庫は扇形のコンクリート製。一九三四年十一月十六日、久大線の全線開通に合わせて豊後森駅構内に建設され、蒸気機関車の修理場や格納庫として活躍。列車の無煙化に伴い、七〇年に閉鎖された。九州で唯一、現存している。
●2002年11月15日 合同 映画「豊後森機関庫物語」 玖珠であす上映会
玖珠町に残る豊後森機関庫の働きを記録したドキュメンタリー映画「豊後森機関庫物語・時代(とき)の移ろい」が完成。十六日午後二時から、同町のくすまちメルサンホールで上映会が開かれる。貴重な当時の写真や8ミリ映像を盛り込んだショートムービー。関係者は「大分県の発展を支えた鉄道拠点の未来を一緒に考えてほしい」と来場を呼び掛けている。
映画は約三十分で、玖珠郡有志らでつくる豊後森機関庫保存委員会(河野博文会長)が制作。「子どもと夢を! 機関庫保存でまちおこし」のキャッチフレーズのもと、JR久大線開通から列車の無煙化(第一章)、寂れた機関庫の現状(第二章)、鉄道遺産としての将来(第三章)―の三部構成でまとめた。
久大線を走る蒸気機関車の映像(昭和初期)で始まり、機関庫閉鎖決定後に最後のSL出発を見送る町民の姿(同四十五年)などを紹介。テレビ番組「まんが日本昔ばなし」でおなじみの俳優常田富士男さんらがナレーションを務め、老後を迎えた機関庫の”今の気持ち”を代弁、人間に対して「わたしを懐かしみ、慈しみながらも、朽ち果てるのをただ黙って見ている」と、現代社会を訴える内容になっている。
当日は、地元の子どもたちの合唱や、映画音楽を担当した演奏家川岸宏吉さん(神奈川県)のステージのほか、常田さんの記念講演と昔話の披露も。河野会長は「一人でも多くの県民に機関庫の偉大さを知ってもらいたい」と話している。
料金は一人五百円(協力費)。入場者には、映画で使用した写真や久大線の年表、関係者の思いなどを掲載したパンフレット(A4判一二ページ)を無料配布する。
問い合わせは、同委員会事務局(TEL09737・2・1166)へ。
写真は映画上映会で無料配布するパンフレット
●2002年 下筌ダム資料館が開館 「蜂ノ巣城」の写真も
合同 11.02
国土交通省九州地方整備局筑後川ダム統合管理事務所(松延正外所長)は中津江村の下筌ダムを望む国道442号脇にある建物「六角堂」(鉄筋コンクリート二階、延べ床面積約百四十平方メートル)を改装。一日、下筌ダム資料館「しもうけ館」として開館した。
開館式が同日、現地であり、松延所長があいさつ。来賓の坂本休同村長らが祝辞を述べた。
館内にはダム建設反対運動の拠点となった「蜂ノ巣城」や建設時の写真パネルを展示しているほか、近隣町村の紹介パンフレットや地域の特産品などを並べている。ダムの建設風景のビデオも放映している。
同館は一九九四年、同事務所が資料館にする目的で建設。その後、風倒木対策などに追われ、利用していなかった。
周辺の行政関係者、住民団体などでつくる「松原・下筌ダム水源地域ビジョン策定委員会」が有効利用に向けて協議を重ねた。
開館時間は原則的に土、日曜日と祝日の午前十時から午後五時まで。
●「『大分縣地方史』 第184号」大分県地方史研究会(編) 考古学情報 3.25
論説:原田昭一「墓にみる中世から近世 豊前・豊後における近世墓のはじま
り」/吉田 寛「大分県下における近世墓地発掘調査の成果と課題 大分市域
周辺の近世墓地調査事例を中心に」研究ノート:田中裕介「大分県における近
世墓地研究の軌跡と論点最近20年間の考古学的研究を中心に」
<問い合わせ:大分県地方史研究会 電話:097-546-8840>
●豊後高田「ロマン蔵」オープン 2002.10.13 合同
豊後高田市の旧高田農業倉庫を改修した「昭和ロマン蔵」が十二日、オープンした。市や商工
会議所、商店街が一体となって昨年九月から始めた昭和時代の町並みづくりの一環。同時代のおもちゃやポスターなど五万点近くを展示した「駄菓子屋の夢博物館」がメーン。蔵開きの式典や多彩なオープニングイベントがあった。
蔵開きは、小畑末吉豊後高田商工会議所会頭と永松博文市長らが「昭和ロマン蔵を中心に、田染荘や富貴寺といった市内の観光施設をはじめ、真玉、香々地へも観光客が足を延ばしてくれればうれしい。国東半島の西の玄関口として観光の拠点にしたい」とあいさつ。「昭和ロマン蔵」と印字したレトロ調の看板が掲げられた施設の玄関前でテープカットがあった。
テープカットと同時に駄菓子屋の夢博物館には、観光客が押し寄せた。「おもちゃがいっぱいある」などとはしゃぐ子どもや、「これは子どものころ持っていた。本当に懐かしい」と、所狭しと陳列された展示品を食い入るように見つめる大人の姿も。このほか、昭和の行商を再現したリヤカー市場やドールハウス展、紙芝居の上演などのオープニングイベントがあり、観光客を楽しませた。オープニングイベントは十四日まで。
昭和ロマン蔵は、市などが商店街に再現しようと取り組んでいる昭和三十年代の町並みの拠点施設。市が、同年代に建った農業倉庫を改修。管理運営を商工会議所に委託している。
オープニングイベント期間中の主な行事は次の通り。
▽給食や社会見学を盛り込んだ「昭和の学校体験」
▽昔の農機具や家庭用品を展示する「昭和の村の暮らし展」
▽昭和の名作邦画館 ▽昭和の映画看板展
▽ドールハウスでよみがえる昭和の暮らし展
▽紙芝居 ▽昭和の行商リヤカー市場。 このほか、市内中心部の商店街でもさまざまな協賛イベントが楽しめる。
●佐賀関の築山古墳、きょう「石棺さままつり」
2002.10.13 合同
佐賀関町神崎の「築山(つきやま)古墳」で十三日に「石棺(せっかん)さままつり」が催される。築山古墳に隣接した「神崎八幡神社」の社務所では同古墳の出土品も展示する。
築山古墳は五世紀中ごろの前方後円墳(全長約九十メートル)。一九三二年に後円部から二基の石棺や男女四体の人骨、腕輪などが発見された。別府大学文化財研究所の調査では、ベンガラなどの顔料や、麻や絹を使った織物片や絹綿が見つかり、当時の色鮮やかな埋葬の可能性を裏付けた。
当日は午前九時四十分から神事があり、出店も並ぶ。ことしの目玉は、出土品の展示。別府大学で修復した鏡や剣、漁具など約十点を社務所に展示する。別府大学文化財学科の本田光子教授や同神社宮総代長の甲斐猷一さんによる解説も行われる予定。
●12日に3年に1度の傀儡子の舞と神相撲 2002.10.10 合同
中津市伊藤田の古要(こよう)神社に伝わる、三年に一度の人形操り「傀儡子(くぐつ)の舞と神相撲」(国指定重要民俗文化財)が十二日夕、同神社の拝殿で奉納される。人形芝居の源流といわれる日本最古の神事芸能だけに毎回、遠方から学術関係者など多くの観客が訪れる。
奉納されるのは、大小さまざまな木製の人形(傀儡子)計六十体による舞と相撲。起源は古く、七一九年の大隅・日向の隼人(はやと)の乱にさかのぼる。隼人族を鎮圧するため、神軍を率いる宇佐八幡神が、戦場で傀儡子を舞わせて敵軍を惑わせ、勝利を収めたとされる故事が由来。隼人族の霊を鎮めるため、七四四年に始まった宇佐神宮の放生会で、古要神社の傀儡子を上演したのが始まり。
現在は、氏子らでつくる古要舞保存会(今永清治会長)が継承。陰暦うるう年の十月十二日午後五時ごろから、同神社の拝殿で人形回しが傀儡子を操る。
舞では、舞人形が次々と素朴な動作をして退場する中で唯一、のりごとが唱えられるシーンが特徴。一方、相撲は東西十二組の取組で劣勢だった西方が、小兵の住吉神(すみよしのかみ)の登場で一気にばん回、勝利するクライマックスが見どころ。静かで厳かな舞に続き、活発でユーモラスな相撲は見応え十分。
専門家らの関心も高く、当日は説話・伝承学会(奈良市)の一行も見学する予定。問い合わせは市歴史民俗資料館(TEL0979・23・8615)。
●ベッコウトンボの生息池が移転計画 2002.10.9 合同
大分市中ノ洲の昭和電工は、同社が所有する六号埋め立て地にあるベッコウトンボの生息池の移転計画を進めている。トンボ研究家によると、ベッコウトンボの生息池の移転は難しく、全国でも成功例はないという。研究家らは、計画の成り行きに注目しながらも「できればそのままにしてほしい」と話している。
ベッコウトンボはレッドデータブックに絶滅危ぐ種として掲載され、種の保存法で保護の対象とされている。捕獲には環境省の許可が必要など、保護するために法で規制している。県内では、中津市の野依新池や、大分市の六号埋め立て地、新日鉄大分製鉄所の敷地内のため池に生息しているのが確認されている。
関係者によると、現在、生息池は埋め立て地の遊休地にある。将来の開発に備え、中ノ洲の同社敷地内に移転させることにしたという。環境省には二〇〇一年十一月、捕獲申請を提出し、許可を得ている。
その後、新しい池の造成を終えた。トンボの移転は九州大学に委託。現在、池に植物を植え、小さい水生動物を入れるなど、環境が安定するのを待っている。トンボの卵を採取し、大学の研究室でふ化、育成に取り組んでいる。
同社は「今のところ、トンボ生息地の六号地を開発する具体的な計画はない。しかし、将来、開発が必要になる場合を考慮してトンボの保護を目的に、新しい池を造る検討を始めた。池の移転は難しいと聞いており、まだどうなるか手探りの状態」と話している。
一方、日本蜻蛉学会の会員で、環境省希少野生動植物種保存推進員の倉品治男さん(大分野生生物研究センター)によると、ベッコウトンボ生息池の移転は、全国の数カ所で取り組まれたが、成功例はいまだに聞かないという。「可能なら今のままの環境でベッコウトンボを保護することができるといいのだが」と話している。
県内には九十四種類ものトンボが確認されており、全国でもトップクラスの多さ。きれいな水など豊かな自然環境がある証拠とされている。
●昔の農村の子ども気分に 日田市、棚田でイベント
2002.10.6 合同
日田市源栄町池ノ鶴にある棚田をメーン会場にした「小野谷Autumn Festa(オータム・フェスタ)」が五日から始まった。自由の森大学と地元小野地区の農業者グループ「小野地域集落協定連絡協議会」の共催。参加者は棚田での映画上映などを楽しみながら、秋色深まる日本の原風景の中に浸った。
キャンプをする「小野谷まるかじりコース」(一泊二日)には日田市郡の小学五、六年生を中心に四十人が参加。五日夕方から夜にかけての音楽会、映画上映会を楽しむ「小野谷ひとかじりコース」には約二百五十人が訪れた。
「まるかじり」では、一組は小野地区一帯で稲刈りやナシ狩り、小鹿田焼(おんたやき)の窯元見学などをした。もう一組は棚田に残り、竹とんぼを作ったり、わら遊びなどに興じて古き日本の農村の子どもになった気分を味わった。
同日夕には、棚田一帯と道沿いに竹筒に入った百五十本のろうそくと竹たいまつがともされた。夕暮れ音楽会では、地元の太鼓やバンド演奏などがあった。自然保育をしている埼玉県桶川市のいなほ保育園を記録した「こどもの時間」の上映会も。
キャンプでは、児童たちが棚田に据えられた二つの五右衛門風呂で、一風変わった露天風呂を体験した。六日は日田市最高峰の岳滅鬼山(がくめきさん、標高一、〇三六メートル)に登る。
●「宇佐八幡神輿フェスタ」 1250年ぶり勇壮に
2002.10.6 合同
宇佐神宮本神輿(みこし)の東大寺大仏殿参拝を約千二百五十年ぶりに再現した「宇佐八幡神輿フェスタ」は五日、奈良市の東大寺であった。宇佐市から神輿の担ぎ手や、祭りばやしなどで随行した児童ら、約四百七十人が参加した。
七四九(天平勝宝元)年、同神宮の祢宜(ねぎ)尼、大神杜女(おおがのもりめ)ら一行が、造立されたばかりの大仏を参拝したことが「続日本紀」に記されていることにちなんだ。
フェスタは「神と仏の再会」を通じ、宇佐の歴史や文化を全国に広め、子どもたちにふるさとへの誇りを持ってもらうことなどが目的。
奈良市の大川靖則市長が「昔からの深いご縁で、大仏開眼千二百五十年に大きな華を添えていただき、市民一同喜んでいます」と歓迎のあいさつ。宇佐市の和間文化財愛護少年団の「放生会道行ばやし」を先頭に、行列が参道を進んだ。大勢の観衆で参道が埋まり、最後尾の本神輿は「わっしょい」の掛け声とともに威勢良く練り歩き、注目を浴びた。
南大門、中門を抜け、大仏殿前の広場に着くと、神仏習合の行事「迎講」。大勢の僧りょが読経をし、神輿を迎えた。宇佐神宮の後藤吉雄権宮司が、盧遮那仏(るしゃなぶつ)拝礼の詔を読み上げた後、大神杜女役の後藤友美さん(28)が、宇佐八幡神のしるしとして薦(こも)製の枕を献上。宇佐市内十三校の児童四十五人が、宇佐米百八十キロを納めた。
北馬城文化財愛護少年団が楽打(がくうち)、辛島地区浦安の舞子ども保存会が浦安の舞を、それぞれ奉納。練習の成果を懸命に披露する子どもたちに、観衆は温かい拍手を送った。一行は大仏殿東側にある、手向山八幡宮にも参拝した。
同日夕、奈良市内のホテルで交流パーティーを開き、東大寺や奈良市の関係者らと交流した。
実行委員長の井本裕明・若宮神輿かつごう会代表は「無事に終わり感無量。子どもたちがこの経験を通じて宇佐に誇りを持ち、宇佐を支えていく大人に育ってほしい」と話した。
●竹田〜太宰府〜奈良 よみがえる「紫の道」
2002.10.5 合同
竹田市の「古代紫の道再現二〇〇二実行委員会」(後藤宗昭実行委員長)は今月、奈良時代に同市で染料として栽培していた植物「ムラサキ」が運ばれた福岡県太宰府市と奈良県奈良市を訪問する。「東大寺大仏開眼・一二五〇年祭記念法要」(十五日)で、同寺管長が竹田産のムラサキで染めた法衣をまとうことになっており、これを機に千数百年ぶりに竹田〜太宰府〜奈良を結ぶ「紫の道」を再現する。
当時、紫色は最も身分の高い人が使った色。市内の城原、宮城両地区では大宰府政庁(太宰府市)の管理でムラサキが栽培され、大宰府政庁経由で朝廷(奈良市)に運ばれていた。
二年前、城原、宮城両地区の住民が中心になり、ムラサキを復活させてまちづくりに活用するための研究会を発足させた。研究会の招きで同市を訪れた染色家吉岡幸雄さん(京都市)の働き掛けで、竹田産のムラサキで染めた法衣が献納されることになった。染色作業はことし五月に市内入田で実施。現在、吉岡さんが京都で最後の仕上げをしている。
太宰府、奈良両市を訪問するのは後藤実行委員長、阿南馨市長ら三十五人。五日に太宰府天満宮を訪れて同市産のムラサキを献納。七日には太宰府市役所を訪問する。奈良市には十三日から十五日まで訪れる。十三日は東大寺管長に法衣を直接手渡す。十五日は奈良県庁と奈良市役所を訪れた後、記念法要に参列する。
後藤実行委員長は「これをきっかけに太宰府市、奈良市と交流を深めたい。そして、ムラサキと観光や農業、文化、文学、古代史を結びつけたまちづくりを目指したい」と話している。
ムラサキとのかかわりつづる小冊子作製 竹田市の「古代紫の道再現二〇〇二実行委員会」(後藤宗昭実行委員長)は、奈良時代に染料として栽培された植物「ムラサキ(紫草)」と、同市とのかかわりをまとめた小冊子「紫草の恋」(A5判・一〇ページ)を作製した。
当時、同市では大宰府政庁(現在の福岡県)の管理下でムラサキを栽培。大宰府政庁経由で朝廷(奈良市)に運ばれていた。
小冊子は、地元女性と町づくり研修に訪れた男性との恋物語を軸に、ムラサキの紹介やまちづくり活動、ムラサキと万葉集とのつながりなどをまとめている。冊子は五千部作製。市役所窓口、市内の観光施設で無料配布する。
問い合わせは市商工観光課(TEL0974・63・1111)へ。
●別府の秘湯「ヘビん湯」守ろう 6日に修復・美化
2002.10.3 合同
別府市鶴見の秘湯「ヘビん湯」が広く知られるようになり、ごみや荒廃が目立つようになった。県内外のファンでつくる「ヘビん湯を愛する会」(曽我幸治会長・三十人)は、ボランティアの参加者を募り、六日午前八時半から修復作業と美化活動をする。
ヘビん湯は、別府八湯の明礬温泉郷の山あいにある天然の露天風呂。最近の秘湯ブームで、全国から温泉愛好者が訪れるようになったが、心ない利用者がごみを捨てて帰ったり、源泉を引くパイプにいたずらして、湯の温度が下がってしまうありさま。
ヘビん湯は一九九七年、台風19号が県内を直撃した際、土石流で埋まったことがある。そのとき、有志が集まって復元した経験があり、それを契機に愛する会が結成された。
事務局長の屋田和孝さんは「周りの川には、ホタルの餌になるカワニナが生息する。環境を守る対策を考えなければ」と話している。
修復作業の参加費は千円(昼食付き)。五日には事前説明会を兼ねた懇親会を市内の旅館で催す。希望者は四日までに屋田さん(TEL090・2479・7926)に申し込めばよい。
●豊後高田市 「昭和ロマン蔵」来月12日オープン
2002.9.26 合同
昭和三十年代の懐かしい町並みづくりが進む豊後高田市中心部の商店街そばにある旧高田農業倉庫が十月十二日、駄菓子屋の夢博物館や休憩所、展示場を備えた「昭和ロマン蔵」としてオープンする。
昭和の町並みづくり拠点施設をつくることで、商店街観光を活性化させる狙い。同市がことし七月から約六千五百万円をかけて補強、補修工事を行った。施設管理は豊後高田商工会議所がする。
昭和ロマン蔵のメーンとなるのは「駄菓子屋の夢博物館」。男の子スペースと女の子スペースに分けて、約四万点に上る昔のブリキおもちゃや人形など、駄菓子屋で売られていた商品を展示する。隣接する企画展示館は、展示会などさまざまなイベント会場として使う。
開館日の十二日は、”昭和の町”新装開店「昭和ロマン蔵」と題した開館記念式典があり、午前十一時ごろに施設入り口前で、テープカットして”蔵開き”する。
また、オープニングイベント期間(十四日まで)も社会見学などの「昭和の学校体験」の開催をはじめ、「昭和の村の暮らし展」や「昭和の名作邦画館」「昭和の映画看板展」「ドールハウスでよみがえる昭和の暮らし展」など、商店街一帯で盛りだくさんのイベントが用意されている。
豊後高田商工会議所は「商店街では年度内に昭和の店が、これまでの倍の二十店になります。昭和ロマン蔵と昭和の町並みにぜひお越しいただき、昭和三十年代の雰囲気を楽しんでもらいたい」とPRしている。
●国見ふるさと展示館 23日に5周年イベント
2002.9.20 合同
十月で五周年を迎える国見町岐部の国見ふるさと展示館は「くにみ(923)の日」の二十三日、記念イベント(大分合同新聞後援)を催す。
午後三時から、地域づくりグループが出店をオープン。竹とんぼ作りの名人が、子どもに作り方を指導する。同四時から、野だてと琴の演奏。施設内の食堂「城山亭」が栽培した赤米ご飯を振る舞う。
同五時から、綿菓子を無料で配布。同六時からは、日本庭園をライトアップ。その明かりの下、岐部地区に伝わる子ども獅子舞、竹田津地区の武多都神楽が舞う。
同施設は、幕末期の庄屋屋敷・有永邸を、町が買い上げて修復整備。一九九七年に開き、ことし八月末までに二万六千七百五十人が来館。一昨年、国の登録有形文化財になった。
館内には、同町出身で聖地エルサレムを初めて訪れた日本人、ペトロ・カスイ岐部神父や、六郷満山の仏教文化の資料、昔の民具などを展示。ギャラリーもあり、絵画などの作品展を開いている。
町商工観光課は「当日は館内を無料開放するので、たくさんの人に来てほしい」とPRしている。
●”田染荘”が村おこしスタッフ2人を募集
2002.9.19 合同
豊後高田市は、荘園の里として中世の田園風景を生かしたグリーンツーリズムなど、活発な活動を行う”田染荘”(同市小崎地区)に、景観づくりや特産品づくり、地域住民の指導、啓発などに取り組む「村おこしスタッフ」を導入する。
田染荘では地域住民でつくる「荘園の里推進委員会」が中心となって、年間を通じてさまざまなイベントが行われている。しかし近年は地域の過疎、高齢化が進み、対応に苦慮する面も多くなった。現状を改善するため、若い人材を雇用して地域の活性化や田染荘の景観保存などの活動に従事してもらおうというもの。
国の緊急地域雇用創出特別基金を活用する「交流の里づくり推進事業」で、事業そのものは同地区住民でつくる荘園の里推進委員会に委託する。同事業の補正予算案(二百十二万円)は市議会の九月定例会に上程した。
スタッフの定員は二人で、雇用期間は十月から来年三月末まで。補正予算案が可決され次第、ハローワークを通じて県内外に広く募集する。
スタッフの仕事は、田染荘を「生きているムラ」として維持することを目的に、景観づくりや特産品づくりをはじめ、交流の意義や手法、都市に暮らす人のニーズを地域住民に啓発、指導することなど。基本的に採用されたスタッフには、同地区内の空き家などを利用した住まいを準備する。
市農林水産課は「田染荘の魅力を理解して地域に根ざした活動ができる人を採用して、大いに活躍してもらいたい。雇用期間後も、田染荘で農業などに従事して定住できるよう最大限のバックアップをする」と話している。
スタッフの募集は二十日から始まり、全国のハローワークで参照できる。詳しい募集内容や田染荘についての問い合わせは、豊後高田市農林水産課(TEL0978・22・3100)まで。
●市美術館日本画「高過ぎる」 市議が住民監査請求
2002.9.7 合同
大分市美術館が購入した日本画「知床染雨」(下保昭作)の購入価格が高過ぎるとして、小手川恵市議は六日、住民監査請求をした。購入価格と適正価格の差額が市民に損害を与えたとして、木下敬之助市長、満生和昭市美術館長に弁償を求めている。
市美術館は昨年十二月、この作品を美術商(京都市)から三千万円で購入。小手川市議は「ほかの美術館にある下保作品の価格を調べた結果、描かれた時期や大きさ、技法などからみて二千万円が妥当」と指摘。購入価格との差額一千万円は無駄遣いだとしている。
また、作品を購入した際、外部の有識者でつくる美術品収集委員会の委員が「価格が高いのではないか」と意見を述べたにもかかわらず、同美術館はその日のうちに三千万円で購入する文書を作成した。「美術館は、電話で価格交渉をしたと言うが、時間をかけて交渉すれば、もっと安く購入できたのではないか」としている。
小手川市議は、住民監査請求に必要な書類を市監査事務局に提出。今後、監査委員会は受理するかどうかを審査する。受理すれば、受け付けから六十日以内(十一月五日まで)に、監査結果を出す。
小手川市議は、美術品の購入額が適正だったのか疑問を持たざるを得ない事例がほかにもあるなどと述べた上で、「住民監査請求の対象は一年以内に限られているため一点だけにした」と説明。
大分市美術館は「下保昭はフリーで活動し、実力がある作家。指摘された二千万円という価格は、出身地、富山の美術館にある作品の価格であり、ご当地という事情がある。購入価格は適正だと考えている」。
●トンボ王国 大分 全国トップ級の94種生息
2002.8.24 合同
大分県はトンボ王国―。日本蜻蛉(とんぼ)学会会員の堀田実さん(43)=大分市森、会社員=がこのほど、南方系の「アオビタイトンボ」を佐賀関町と大分市で見つけた。この結果、県内で確認されたトンボは94種となった。堀田さんは「大分は種類も数も全国トップクラス。豊かな自然が残る証拠」と話している。
アオビタイトンボは、体長三・五―四センチ。比較的小型。黄色の地に光沢のある黒色が交じる。名前の通り、“額”の部分が青い。
台湾や中国南部、日本では沖縄などで、平地や木立に囲まれた池や沼に生息している。近年、鹿児島や熊本、宮崎でも相次いで見つかり、今回、大分の発見が生息の北限となった。
八月一日、観察に訪れた佐賀関町で、珍しい体色のトンボを見つけ、調べたところ、アオビタイトンボと分かった。さらに、十七日には大分市細でも確認。堀田さんの話では、もともと南の島にいたのが、近年になって九州本島でも見つかるようになった。地球の温暖化に伴うものかどうか、理由ははっきりしない。
三年前、神奈川県から大分に転勤になった堀田さんは、休みを利用して各地を回り、県内に生息する種類のほとんどを観察した。今回のアオビタイトンボの発見で、県内の生息は九十四種になったが、「まだ、ほかにいる可能性がある。百種までは確認したい」と話している。
堀田さんによると、県内にはレッドデータブックに絶滅危ぐ種として登録されるベッコウトンボとヒヌマイトトンボ(いずれも同[1]類)、グンバイトンボ(同[2]類)や、全国的には非常に珍しいキイロヤマトンボが多数生息している。
「全国トップの滋賀県の百種以上には及ばないが、種類・量とも“トンボ王国”といっても申し分ない」と堀田さん。「関東から見れば、大分はうらやましい限り。トンボが好むきれいな水が豊富で、豊かな自然が多いことを示している。これからも大事にしてほしい」と保護を訴えている。
●カブトガニ 絶滅、減少化傾向続く 2002.8.19 合同
カブトガニの保護を掲げる全国組織「日本カブトガニを守る会」(土屋圭示会長)の総会が十八日、杵築市の住吉浜リゾートパークなどで開かれた。保護活動を進める杵築市では近年、激減しているカブトガニ。総会の調査報告では、カブトガニの減少傾向は全国的なもので、一部でほぼ絶滅状態であることが報告され、保護活動の重要性が確認された。
総会には全国各地から会員ら、約七十人が出席。午前中、同市の江頭川河口付近で干潟観察会。この後、総会が開かれ、公開講座と記念講演があった。
公開講座では、全国八カ所のカブトガニ生息地の代表者が調査結果を発表。岡山県笠岡市の土屋康文さんは「絶滅の危機」と、愛媛県東予市の篠原栄次さんは「ここ数年、自然の状態でカブトガニが観察された記録はない」といずれも非常に厳しい現状を報告した。
一方、北九州市の林修さんは、小倉南区の曽根新田地先にある曽根干潟に産卵に訪れるつがいが最近二年間で、急激に増えていると「明るいニュース」を伝えた。半面、「産卵場所を”乗り換えた”つがいが訪れているのではないか。伊万里市で激増した後、減少した例があるので、楽観はできない」と続けた。
ほかの生息地はいずれも減少傾向。山口県全域を調査している原田直宏さんは「減少傾向だが、保護活動は活発になっている。平生湾では堤防改修工事に伴い、人工的に産卵場を造成した」と話し、保護の重要性が徐々に浸透していることを伝えた。
最後に、東京大学大学院総合文化研究科広域システム科学科の清野聡子助手が講演。護岸や、河川の開発によって、杵築市などの生息地が急速に減ったが、近年、環境保護を目的とした法整備などが進められていることを解説。「全国の生息地の人々が連携し、生息地が”致命傷”を受けないようにしていきたい」と話した。
●自然ゆう出温泉が半減 急速な泉都開発が影響
2002.8.1 合同
別府で自然ゆう出している温泉が、過去の新規温泉開発の影響で半減していることが分かった。京都大学付属地球熱学研究施設(別府市)の由佐悠紀教授らが三十一日、別府市で開かれた県温泉調査研究会の研究発表会で報告した。地下の温泉水の圧力が低下したもので、海岸部では海水と混じっていることも指摘した。
別府地域の温泉井は戦後までは約千カ所だったが、一九六〇年代以降の急速な温泉開発の結果、活動源泉数は二千三百カ所を超えた。いずれも鶴見岳を熱源とする火山性で、鶴見岳の東側山ろくの海岸まで広がる東西五キロ、南北八キロの範囲に分布している。
一九五〇年ごろまでは、海岸近くの源泉のほとんどが自噴していたという。三〇年代の温泉水位の調査から、水位は海岸部から内陸に行くほど高くなり、地下の温泉水は水位に沿って内陸から海岸部に向かって移動していることが分かった。水位のこう配は地表面のこう配よりも緩やかで、海岸部から八百メートルから一キロの範囲で水位が地表面を上回り、自噴していたことも明らかになった。
その後、温泉開発が活発になり始めた六〇年、海岸部の水位が一―二メートル低下。同時に自噴泉の数が大きく減少し始めたことから、温泉開発が温泉水の圧力を低下させたことが分かったという。近年は温泉資源の保護対策から新規の温泉開発もほとんどできなくなり、自噴泉の数は横ばいで、温泉水位も安定していることがうかがわれる。
一方、鉄輪地区と海岸部の計四カ所で、地下の温泉水位が異常に低いことが分かっている。特に海岸部では異常域が広がる傾向にあり、温泉水への海水浸入がみられ、泉質もこれまでの塩化物型から炭酸水素型へと変化しているという。
由佐教授らは「新規の温泉開発はほとんどない。しかし、需要量の増加などで、現在、動力でポンプアップしている温泉の量を増やせば、温泉水として供給される地下水の量を上回ることも予想される。別府の温泉は、危ういバランスの上に成り立っているともいえる」と話している。
●生きる化石・カブトガニ 宇佐市でも生息を確認
2002.7.18 合同
県内では杵築市や中津市で生息が確認されているカブトガニが、宇佐市の干潟にも多く生息していることが、日本カブトガニを守る会大分支部(工藤弘太郎支部長)の調べで、明らかになってきた。
カブトガニは瀬戸内海全域や九州北部に生息していたが、次第に減少。現在、杵築市など数少ない地域で、繁殖が確認されている。
宇佐市のカブトガニはこれまで、漁網にかかることもあるなど、漁業者らの間では知られた存在だった。同支部副支部長の西原繁朝さん(杵築市)は二〇〇〇年から年に一回程度、宇佐市に来て、生息状況などを確認してきた。
今月十三日、支部会員数人が同市の和間海岸で生息調査をするとともに、小学生十数人を招き、カブトガニの観察会を開いた。カブトガニは干潮時に干潟を歩くと、体長数センチ程度の幼生が、あちこちで見つかる状態。子どもたちは見つけ方を西原さんに教わりながらカブトガニを探し、観察した。
同支部はこれまで杵築市を中心にしてきた活動を県全体に広げていこうと、ことし発足。各地で調査などに協力してくれる人を募っている。西原さんは「宇佐に幼生がいるのだからどこかに産卵地があるはずだが、場所はまだよく分かっていない。今後、調べていきたい」と話している。
●伝統の神楽に夢中 山香町上小学校 2002.7.13 合同
山香町上小学校(工藤士郎校長・五十五人)は本年度から「総合的な学習の時間」に地元の神楽を取り入れ、子供たちは地域の伝統を受け継ごうとけいこに励んでいる。十四日に催される同町日指の立岩公園の夏祭りが、子供神楽の初公演になる。
神楽に取り組んでいるのは五、六年生二十四人。地元の上神楽社代表の神取九州男さん(72)をはじめ、近藤信幸さん(73)、熊本清範さん(74)、岩尾隆典さん(47)の四人が週一回、二時間指導している。
神取さんによると、上地区に伝わる神楽は日出町の辻間地区が発祥。せりふの多さや、すり足の動きが特徴という。
明治期から続く上神楽社は、現在は七十代、六十代の人が中心。神取さんは以前から上小のクラブ活動で神楽を教え、後継者の育成に努めてきただけに、「今年から授業に組み込まれて教え子が二倍に増えた。おはやしも子供たちだけで足りる」と喜んでいる。
五年生の担任、小野智嗣教諭(29)は「家で熱心に練習するなど、子供たちは思った以上に神楽に夢中になっている」と言う。
立岩公園の夏祭りは今年で七回目。上小子供神楽、山香子供太鼓などのステージイベントや、マスのつかみ捕りなどの催しがある。
★五條市が保存検討 小学校改築で破壊危機の中遺跡/奈良県 考古学通信 6.12
五條市中町、市立阪合部小の校舎建て替え予定地から出土し、取り壊しが決ま
っていた弥生時代中期(紀元前1世紀〜紀元前後)の大規模集落跡「中遺跡」
について、市教委が保存に向け、建築工法の変更などを検討していることが7
日、わかった。7月の市議会総務・文教常任委で結論を出す方針で、予定にな
かった遺跡の現地説明会も検討している。
★復元墳丘や土器壊される 野田院古墳/岡山県?香川県では? 考古学通信 6.12
善通寺市教委は10日、同市善通寺町、国指定史跡・有岡古墳群にある国内最古級の前方後円墳・野田院古墳(3世紀後半)で、復元した墳丘の一部が壊され、野外に置かれた土器の複製品3点が傷つけられていたと発表した。善通寺署は器物損壊の疑いで捜査している。
★天童・西沼田遺跡の整備基本計画が固まる/山形県
考古学通信 6.7
天童市の国指定史跡・西沼田遺跡の整備基本計画が固まった。聖徳太子の時代の木製品などがほぼ原形のまま残され、当時の農村の様子を伝える貴重な歴史資産。5ヶ年計画で、民家、倉庫など集落と植生を復元する一方、広場、ガイダンス施設を整備し、歴史体験や研究の拠点とする。西沼田遺跡は、6世紀を中心とする農村集落遺跡。1987年1月、国史跡に指定された。
●竹田市の「岡城跡」の観覧者数が100万人を突破
2002.6.4 合同
竹田市の国指定史跡「岡城跡」の観覧者数が三日、百万人を突破。市は、百万人目の松崎一太さん(65)=熊本県本渡市=に認定書などを贈った。
観覧者数は一九九五年一月に観覧が有料化されてからの人数。城主にふんした阿南馨市長が、松崎さんに百万人目の認定書や和紙でできた甲冑(かっちゅう)などの記念品を手渡した。また、松崎さんの前後に入場した新吉屋ミネさん(76)=福岡県北九州市=と苗渋義幸さん(66)=広島県熊野町=にも記念品を贈った。
松崎さんは、夫婦で初めて同市を訪問。「市内の知人を訪ねたが不在だったため、たまたま岡城跡を訪れた。くじなど当たったことがないのに百万人目だと聞いて驚いた」とにっこり。
岡城跡は四方を深い谷に囲まれた難攻不落の城として知られ、滝廉太郎は同城跡をイメージして「荒城の月」を作曲したとされる。県内外から年間約十三万人が訪れている。
★仙台城跡が国史跡に/宮城県 考古学通信 5.27
仙台藩主の居城跡である仙台城跡(仙台市青葉区)が、文化財保護法に基づき国の史跡に指定されることが19日までに内定した。市教委などの調査で築城期の石垣などが見つかっており、文化庁が文化財的な価値を評価し、遺跡保存のためには史跡指定が必要と判断したとみられている。
★池子遺跡群資料館 定期公開へ第一歩/神奈川県 考古学通信 5.27
逗子市池子の池子米軍家族住宅地域内にある「池子遺跡群資料館」が22日、事前申し込み者に限り、時間を制限して公開された。昨年9月の米中枢同時テロ以来、警備強化のため休館状態だった同資料館の定期公開に向けての第1歩を踏み出した。同資料館は6月第2、第4水曜日、7月以降は毎週水曜日の午前10時と午後2時から各1時間、事前申し込み者に限り公開される。定員は先着順各30人。希望者は各開館日の10日前までに同資料館(電話:0468-72-8379)か逗子市教委生涯学習課(電話:0468-73-1111 内線516)に申し込む。
●臼杵藩士の江戸日記 子孫の楠さんが図書館に寄贈
2002.5.23 合同
臼杵藩の武士が江戸勤番中に見聞したことなどをつづった日記を、この武士の子孫で津久見史談会員の楠君子さん(東京在住)が、臼杵市の臼杵図書館に寄贈した。
日記は、臼杵藩士の国枝外右馬(とうま)が一八四七年三月末に江戸に着いてから翌年六月、江戸をたつまでの約一年二カ月分で九一一ページに及ぶ。江戸の武士の風習、暮らしぶり、住宅事情などがカラーのイラスト入りで細かく記録された貴重な資料。
楠さんは「いつか読んでみようと古文書の勉強などしてみましたが、そのままになっていました。私が持っているより地元で役立ててもらえれば」と寄贈を決めた。臼杵図書館は「これまで古文書にも記されていない武士の生活が鮮明に分かり、大変ありがたい。マイクロフィルムで保存し、現代語訳を付けて一日も早く市民に見てもらえるようにしたい」と話している。
●大分市の小・中学校に「伝統芸能の出前舞台」
2002.5.22 合同
日本舞踊や民謡、詩吟など伝統芸能の代表者でつくる「大分市芸能まわり舞台実行委員会」は本年度、子どもたちに伝統芸能に触れる機会を提供しようと市内の小、中学校に出向いて芸能を披露する「ふれあい教室」を始める。各団体の芸能や活動内容を紹介し、実施する学校を募るが、実行委は「日本の心を直接伝えたい」と張り切っている。
実行委は、県日本舞踊連盟、大分萬謡会、県三曲会、県長唄連盟、大分詩道会などの十団体で組織。毎年一月末、大分文化会館で各団体が一堂に会した発表会「大分市芸能まわり舞台」を開き、「さまざまな芸能を一度に楽しめる」とファンも多い。
ふれあい教室は、これまでの実績を踏まえ、子どもたちに、さまざまな芸能を知ってもらうために取り組むことにした。内容はこれから検討するが、芸能を披露するだけでなく、芸能を体験できるワークショップも取り入れる。
日本の伝統音楽の良さを見直そうと本年度、学習指導要領が改訂された。中学校では音楽の授業で和楽器の器楽指導が始まっているだけに、関係者は「底辺を広げるチャンス」とみている。
実行委員会長の花柳笹之丞さん(県日舞連盟会長)は「文化は心のよりどころとなる。子どもたちとのふれあいを大事にしながら、日本の文化の良さを理解してもらえればうれしい」と話している。
★仏像はアフガンからの密輸/イラン 考古学通信 5.16
ガンダーラ地方から伝わったとみられる仏像がイランで発掘されたと日本で伝えられたことについて、イラン国立考古博物館のモハマド・シロウスニア副館長は、仏像はアフガニスタンから密輸されたもので「考古学的発見ではない」と述べ、報道を否定した。同副館長ら博物館関係者によると、仏像はかつてイランのファールス州で警察当局により押収され、同州の博物館に届けられた。1979年のイラン革命以前に、テヘランの考古博物館に移送され、それ以来、同博物館の倉庫に保管されているという。
★毛派襲撃、古代サンスクリット語の経典焼損/ネパール 考古学通信 5.16
ネパール各紙の13日付報道によると、反政府ゲリラの共産党毛沢東主義派は11日夜、同国西部のダン地区にあるマヘンドラ・サンスクリット大学を襲撃した。本部事務所などが放火され、古代サンスクリット語で書かれたヒンドゥ教の教典など5万点の貴重な文化財が焼損してしまった。
★10世紀の「ドゥオンサー(当舎)古窯」保存へ/ベトナム 考古学通信 5.14
ベトナム北部が中国から独立した10世紀ごろの陶器の窯跡が偶然出土し、ハノイ在住の日本人考古学研究者で「東南アジア埋蔵文化財基金」代表の西村昌也さんらが奔走して集めた資金で、10日までに新設の博物館に移設され、保存されることになった。この窯跡はバクニン省イエンフォン県バンアン村の「ドゥオンサー(当舎)古窯」。
★二子塚古墳保存対策やっと 福山市教委8月から調査/広島県 考古学通信 5.14
福山市駅家町弥生ヶ丘の古墳時代後期(6世紀ごろ)の前方後円墳「二子塚古墳」(県史跡)が、真上の市道を行き来する大型車両の振動で破損の危機にひんし、市教委は8月から2年間、保存に向けた調査を行う方針を固めた。県教委と協議しながら墳墓の範囲を特定、市道の付け替えも検討する。
★遺跡データ楽々“発掘”1万2000件、ネットで公開/群馬県 考古学通信 5.8
群馬県教育委員会は、県内にある遺跡のデータをパソコンで一括管理し、インターネットやCD―ROMで広く情報提供する「県文化財情報システム」をスタートさせた。システムには約1万2千遺跡の情報を網羅。土地開発の際の遺跡確認をはじめ、研究や教材に役立つという。
★弥生の銅矛7点贋作 愛媛大講師指摘
考古学通信 5.8
弥生時代の銅矛として、イタリアのジェノバなど内外の3博物館や大学で所蔵する5点と、四国の2神社に神宝として伝わる銅矛の計7点が、幕末から明治時代初めに作られたとみられる贋作(がんさく)だったことが、吉田広・愛媛大講師の型式分類や成分分析で判明したという。吉田講師が贋作と指摘したのは明治大、国学院大、松本市立博物館(長野県)、辰馬考古資料館(兵庫県西宮市)や愛媛県内の2つの神社と、イタリア・ジェノバのキヨッソーネ東洋美術館で所蔵する計7点で、明治初めの廃仏棄釈による神社の神宝不足のほか、日本美術品を収集する外国人を狙って製造した可能性が背景として考えられるという。
★田名向原遺跡を遺跡公園に/神奈川県 考古学通信 4.30
国史跡「田名向原遺跡」の保存活用で相模原市は24日までに、初の「遺跡公園」基本計画をまとまめた。遺跡自体は埋め戻して保存し、遺構は複製で展示するほか、コンピューター映像で旧石器時代の住居などを生々しく再現する。田名向原遺跡(同市田名)は広さ約730平方mで、平成9年3月に発掘された。住居跡からは、炉の跡とみられる焦げた土のほか、黒曜石で作られたやじりなど石器も多数出土したことから、同市教委はここに“工房”があったと判断。11年1月に「後期旧石器時代の人類が定住化した可能性を示す国内初の遺跡」として国史跡に指定された。
★奥三面歴史館オープン/新潟県 考古学通信 4.30
岩船朝日村の奥三面遺跡群から出土した考古資料を展示した「奥三面歴史館」が28日、開館した。奥三面遺跡群は県営奥三面ダムの建設に伴い、1988年年から11年間かけて発掘調査された。旧石器、縄文時代を中心に19の遺跡から、コンテナ約1万箱分の石器、土器などが出土し、今年3月で整理作業が終了していた。
★利家ゆかりの朝日山城址を掘削 文化財包蔵地と知らず/石川県
考古学通信 4.23
末森城の合戦の際、前田利家が家臣の村井長頼に築かせた金沢市山間部の朝日山城址が、土の採取を目的に掘削されていることが22日までに確認され、市教委が調査に乗り出した。同城址は文化財保護法の埋蔵文化財包蔵地に登録されているが、登録地であることを知らない所有者が無届けで掘削を続けていたもので、本丸を帯状に囲む腰郭(こしぐるわ)がほぼ消滅し、本丸の一段下にある「犬走り」も削り取られ、本丸の一部まで至っているという。
★桜町遺跡の全容解明へ/富山県 考古学通信 4.18
小矢部市の桜町遺跡の全容解明に向けて同市教委は、集落部分の発掘調査を早ければ2005(平成17)年度から実施する。同遺跡に隣接する現在の国道8号小矢部バイパスは発掘調査のための仮の道路で、縄文時代中期(約4千年前)の集落跡とみられる部分は道路直下に眠っている。本格調査は国道の付け替え後となるため、国土交通省富山工事事務所では現在の調査が終わり次第に埋め戻し、本国道の整備を急ぐ方針である。
★高句麗古墳の保存支援要請/北朝鮮
考古学通信 4.18
国連教育科学文化機関(ユネスコ)親善大使として朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を訪問していた画家の平山郁夫氏は16日、北京で記者会見し、北朝鮮がユネスコの世界遺産に申請している高句麗壁画古墳群について、同国側から保存のためとして計18万ドル(約2370万円)規模の支援要請があったことを明らかにした。
★古墳が公園に
原町・桜井古墳の整備ほぼ終了/福島県 考古学通信 4.18
原町市上渋佐の国指定史跡・桜井古墳の復元、保存作業と公園化がほぼ終わり、15日から古墳公園として一般公開が始まった。古墳として国補助を受けた本格的な保存と公園化は県内初めて。市は、新年度に駐車場と円形ステージなど建設するほか、近くの新田川の堤防に桜堤を建設することを県モデル事業として申請、一帯を歴史と自然の散策エリアにする計画だ。桜井古墳は、4世紀後半に造られた前方後方墳で、全長74.5m、最大高6.8m。総事業費は今年度分を含めて約6億7千万円。
★山科本願寺跡 国史跡に/京都府 考古学通信 4.18
浄土真宗中興の祖・蓮如(1415〜99)が築いた京都市山科区の山科本願寺跡を保存し、国の史跡に指定するよう求める要望書を、地元住民や専門家らでつくる市民グループ「山科本願寺・寺内町を考える市民の会」(前田哲哉事務局長)が16日、山田知事や桝本頼兼・京都市長らに提出し、河合隼雄・文化庁長官あてに郵送した。要望書では、マンション建設が予定されている蓮如終えんの場所・南殿跡を買い上げて保存することを、早急に求めている。また、土塁や堀跡が一部残る同寺跡を国の史跡にするよう要望している。
★加茂岩倉遺跡ガイダンスセンターが起工式
考古学通信 4.15
1996年、全国最多の銅鐸39個が発見された加茂岩倉遺跡(島根県加茂町岩倉)のガイダンスセンターの起工式が10日、現地であり、関係者60人が神事で安全を祈願した。施設は橋形の建物で、遺跡が一望できる休憩所や展示
場などを設ける。来春に完成する予定で、事業費は約1億3千万円の見込み。
★江戸時代初期財宝積み沈没したデウス号 長崎港で調査/長崎県
考古学通信 4.15
江戸時代初期、大量の財宝とともに沈没したポルトガル商船「マードレ・デ・デウス号」の船体捜索を続けている長崎市の民間非営利団体(NPO)南蛮船調査保存研究会(小田浩爾会長)は13日、同会が沈没地点とにらむ長崎港口
付近の海底で探索作業を実施する。同船は銀や陶磁器などを大量に積んだまま爆沈したとされる。これまでの調査で錨(いかり)や船体破片、陶磁器片などを引き揚げたが、デウス号のものかどうか確証は得られていない。遺物が揚が
れば、本格調査と保存運動を行政に働きかけていくという。
めて今後、検討していきたい」と話している。
★石器や大型陶棺480点 考古資料室オープン・岡山大/岡山県 考古学通信 4.11
岡山大が手掛けた遺跡発掘資料約480点を集めた「考古資料展示室」が9日、岡山市津島中の同大文化科学系総合研究棟1階にオープンした。文学部考古学講座と埋蔵文化財調査研究センターが、研究の成果を広く見てもらおうと開設。
県内や周辺の古墳、集落跡から出土した、旧石器から中世までの資料を年代順に展示している。平日だけの開館で無料。見学は要予約。希望日の10日前までに考古学講座(電話:086-251-7457)へ。
★芝川町の窪A遺跡の保存問題 地権者に説明会開催へ/静岡県考古学通信 4.11
国内最古級の縄文草創期の集落跡が見つかった窪A遺跡(芝川町大鹿窪)の保存問題を検討するため、県、町両教委や県富士農林事務所などの担当者が8日、町教委で初会合を開き、早急に地権者34人を対象とした説明会を開くことで一致した。説明会で地権者の意向を把握し、今後の具体的な検討に入る。日本考古学協会は現状を保存するよう要望する書類を県教委などに提出し、20日までに回答するよう求めている。
★戦争遺跡の案内図作製・岡山の記録する会/岡山県 考古学通信 4.11
「岡山の戦争と戦災を記録する会」(片山和良代表)は、岡山市内の戦争・戦災遺跡を記したガイドマップを作製した。B3判で三色刷り。岡山市の繁華街や後楽園、岡山城など身近なところに現存する岡山空襲(1945年)の被災跡地など45ヶ所を写真と地図で示している。約700部を発行。学校などに配り、平和教育に生かしてもらうほか、一般にも一部200円で販売する。問い合わせは、岡山の戦争と戦災を記録する会(電話:086-224-3787)へ。
★三明寺古墳修理が完了 倉吉・巌城/鳥取県 考古学通信 4.5
県西部地震で石積みの一部が崩落した倉吉市巌城の国指定史跡・三明寺古墳(7世紀前半)の修理が終わり、山陰地方最大級の横穴式石室が復元された。古墳は直径18m、高さ6mの円墳。石室は長さ8.3m、幅3.2m、高さ3.1mあり、横壁は厚さ25cmの切石を積み重ねている。シイとツバキの古木が古墳の上に根を張り、石室の劣化が進んでいたが、2000年10月の県西部地震で右側横壁の石材が割れ落ち、存続が危ぶまれたため、市が昨年末から270万円かけ、石材の接着や古木を除去して原状回復した。
★原町の国史跡「桜井古墳」雨で段丘の2ヶ所崩落/福島県 考古学通信 4.5
復元保存工事と公園化事業が終わり、今月中に一般公開を予定していた原町市上渋佐の国指定史跡「桜井古墳」の段丘の一部が、雨が原因で崩落し、1日から2日間かけて手直し工事が始まった。崩落したのは3段ある段丘のうち、2段目の北側斜面の2ヶ所で、最大で幅約5m、長さ約2.5m。
★マヤ遺跡の調査支援へ 2億3000万円を無償協力/メキシコ
考古学通信 4.5
政府は1日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産にも指定されているメキシコのマヤ文明関連遺跡などの調査、保存支援策として、同国政府に約2億3000万円の「文化遺産無償協力」を実施することを決めた。近く交換公文に署名する。
★九州国立博物館(太宰府市)10日着工/福岡県 考古学通信 4.5
九州国立博物館(仮称)の建設工事が10日、太宰府市で始まる。文化庁、県などの共同事業で、日本文化の形成を、アジアとの交流の歴史の中で考えるのが基本テーマ。開館予定は2005年度中で、全国4番目の国立博物館となる。建設地は太宰府天満宮の南側。建物は3層構造で、延べ面積2万8千平方m。周囲の山並みに合わせ、屋根が緩やかな曲線を描くような外観とする。建設費は、約250億円。
★祗園城跡の指定地を公有地化し城跡の整備/栃木県 考古学通信 4.5
小山市が昨年、県文化財課を通じて国に申請していた市役所北側の鷲城跡(1万2014平方m)と祗園城跡(1万566平方m)が国史跡として追加指定を受けた。市は本年度事業で、祗園城跡の指定地を公有地化し城跡の整備を図っていく考えだ。追加指定を受けたのは、鷲城跡の主要部分と祗園城跡(旧思水荘跡)。今回の追加指定により、全体の面積は、鷲城跡関係が6万8635平方m、祗園城跡が6万1054平方mとなった。
★城跡修復へ調査完了・今帰仁城跡/沖縄県 考古学通信 4.5
今帰仁村教育委員会(山城清光教育長)は、昨年9月に台風の影響で崩れた今帰仁城跡(世界遺産)の城壁の一部を修復するため、2月から調査を始め、3月末に作業を終えた。今後、調査の結果を踏まえたうえで夏以降に修復作業を始める。来年3月までの完成を目指す。崩れたのは今帰仁城跡の入り口に近い「大隅(うーしみ)」と呼ばれる城壁の一部。台風19号の影響による大雨で昨年9月26日、長さ約10m、高さ約4mにわたって石垣が崩れ落ちた。
●別府八湯温泉まつり 「路地裏温泉見て歩き」
2002.4.6 合同
別府八湯温泉まつり(別府まつり協会、大分合同新聞共催=七日まで開催)で、路地裏の生活に密着した温泉を巡る八湯ウオークの一つ「路地裏温泉見て歩き」が五日、竹瓦かいわいで催された。
温泉文化イベントの一つで、市民の豊かな温泉生活を体感してもらうのが目的。市内外から四十人が参加した。
一行は竹瓦温泉、不老泉といった市営温泉から梅園温泉、羽衣温泉など地元住民が利用する共同浴場、旅館の源泉や一般家庭の風呂までバラエティー豊かな路地裏の温泉を見学。紙屋温泉では、胃腸病に効くといわれる飲用泉を試飲した。
途中、幅一メートルの路地を抜けたり、こて絵が残る民家や時代を感じさせる老舗を訪ねるなどして情緒あふれる庶民の生活を実感。参加者は「風情があって懐かしい感じ」「以前あった温泉がなくなっているのは残念」などと話していた。
●大分東高校の郷土研究部が試行錯誤で無農薬米作り
2002.4.4 合同
大分東高校の郷土研究部が無農薬の水稲栽培に挑んでいる。二〇〇〇年は再生紙を、昨年は木炭(イオン化炭素)を活用した米作りの過程を論文にまとめた。文部科学省などが九州の高校生を対象に実施した二〇〇一年度の「エネルギーと地球環境問題研究に関する提言コンクール」に応募し、優秀賞を受賞。農業、環境、福祉交流をキーワードに無農薬の米作りを続けている。
同研究部は、安全で自然環境に優しい米作りに取り組もうと、二年前の冬、三重町白山地区に実験田(六百平方メートル)を借りた。生徒は米作りの素人ばかり。県農業技術センターなどからヒントをもらったり、技術指導を受けた。
無農薬米で苦労するのが除草作業。雑草の成長を抑制するため、市販の稲作用再生紙を敷いた。再生紙は二カ月間で水に溶けるので、稲の生育には影響がないという。台風で水田の一部が土砂に埋まる被害もあったが、約五十キロの無農薬米ができた。
実験稲作に取り組み、卒業後も休みに米作りを手伝った同部OBの首藤崇志さん(20)=日本福祉大=は「再生紙は有効です。次はコスト削減のために古布を使うことも考えていいのではないか」と提案した。
二回目の昨年、地力を高めるため、環境や健康面で注目される木炭を活用した。電気を通してイオン化炭素にして水田に入れた。稲はよく育ったが、雑草もはびこったので除草作業が大変だった。病気が発生したので少し農薬を使った。
収穫は約五十キロ。減農薬米の試食会をしたり、米の一部はこのほど、近くの知的障害者小規模作業所「チャレンジ・チルドレン」に贈った。
「食味の評価は高く、木炭で地力がアップしたと思う。もっと無農薬米を研究したい」と小野沙織さん(17)=三年=。論文では「健康のためには、農薬のない米の方がいい。無農薬米が広がり、環境保全に役立つような方法を確立したい」とまとめた。
★田和山遺跡整備で最終案 検討委/島根県考古学通信 4.1
国史跡・田和山遺跡(松江市乃白町)の整備検討委員会が26日、松江市役所で開かれ、最終的な整備案を取りまとめた。外部の意見を取り入れ、三重環濠内に立ち入ることができるゾーンを素案に追加し、多目的広場のデザインも景観になじむように修正されたという。今後は、同市が文化庁などとも協議し、4月以降に保護工事などに着工する。
★富松城跡保存へ住民団結 競売の可能性に危機感/兵庫県 考古学通信 4.1
大阪城や姫路城よりも古く、室町時代に築かれたとされる尼崎市の富松城跡が、消滅する恐れが出てきている。同城跡は山林として地元住民らに親しまれてきたが昨年、一般に開放していた地主が亡くなり、相続人が税として敷地を国に物納したため、競売に掛けられる可能性が高くなったからだ。これに対し危機感を抱いた住民らは、「富松城跡を活かすまちづくり委員会」を結成し、同城跡の保存を目指してさまざまな取り組みを始めているという。
★荒神谷資料館建設検討委が答申/島根県 考古学通信 4.1
358本の銅剣をはじめ国内最多の青銅器が出土した島根県斐川町神庭の荒神谷遺跡近くに同町が整備する荒神谷資料館(仮称)の建設検討委員会(委員長・藤岡大拙島根女子短大学長)は26日、本田恭一町長に基本計画を答申した。計画では、古代出雲文化の原点である荒神谷遺跡を継承し、観光・学習の交流拠点づくりを理念とし、建設費は約6億円で、建設基金3億3千万円と地域総合整備事業債などを活用する。建物は平屋で約1200平方mをめどとした。
★茅野市の「中ッ原遺跡縄文公園」の概要が発表/長野県 考古学通信 4.1
茅野市は25日、国宝級とされる縄文時代後期の大型土偶「仮面の女神」の出土地を保存整備する「中ッ原遺跡縄文公園(仮称)」の概要を発表した。発掘調査に基づいた土偶の出土状況の再現や柱穴列、住居跡の表現、モニュメント整備を骨格とし、詳細部分を詰めた後に着工し、10月オープンを目指すという。広さは約1300平方m。
★出土品保存に苦慮 追いつかぬ収蔵庫確保/茨城県 考古学通信 4.1
開発に伴う遺跡発掘調査で出土した大量の埋蔵文化財の保存に、地元教育委員会が頭を痛めている。出土品の多くは土器類の破片で、特に、鉄道や高速道路などの大型プロジェクトでは、掘り出されるペースに収蔵庫の建設・確保が追いつけないにのが実情。また、保存については都道府県の一元対応が主流だが、茨城県の場合は市町村が担当しており、専門知識を備えた職員の配置もままならず、多くの自治体では対応に苦慮しているのが現状という。
★不正経理は1億1000万円 広島県埋文センター/広島県
考古学通信 4.1
広島県が全額出資する財団法人、県埋蔵文化財調査センター(正岡稔民理事長)の不正経理事件で、県教委は28日、不適切な会計処理総額は1億1000万円余に上るとの最終報告を発表した。うち5160万円分を国や自治体に返還する。詐欺罪が確定した元総務係長(懲戒免職)を除き、直接関与した職員7人を、同日付で停職6ヶ月・文書訓告処分とし、この事件の処分者は県職員と財団採用職員で計18人となったという。
★ねつ造の賠償請求を断念 山形県尾花沢市/山形県 考古学通信 4.1
旧石器発掘ねつ造問題で、ねつ造が明らかになった山形県尾花沢市の袖原3遺跡について、損害賠償請求を検討していた同市の石山敬二教育長は28日、記者会見で損害賠償の請求を断念することを発表した。同教育長は断念した理由について、ねつ造発覚前と発覚後の調査費用が、学術調査の目的で市が自主的に支出したかたちになっており、藤村新一氏個人や東北旧石器文化研究所に対して支出されたものではないことなど、弁護士との相談によって法律的に賠償請求は難しいという結論に達したからだという。
★100年ぶり右腕見つかる 東大寺の持国天立像/奈良県考古学通信 3.25
約100年前から行方が分からなくなっていた奈良・東大寺の「持国天立像」(重要文化財、平安時代)の右腕が23日までに同寺の収蔵庫で見つかった。奈良国立博物館(奈良市)で仮止めし、仏像は右の手のひらを上向きに広げた、本来の姿を取り戻した。持国天立像は寄せ木造りで高さ約2m。元は東大寺の末寺、永久寺(奈良県天理市)でまつられていた。明治時代の廃仏棄釈で同寺が廃寺となり、解体して東大寺に運ばれたが、右腕だけ紛失していた。持国天立像は4月21日から奈良国立博物館の「大仏開眼1250年 東大寺のすべて」展で公開される。
★利神城跡を写真保存へ/兵庫県考古学通信 3.25
佐用町と佐用郡教委は、築城から400年たち、各所で石垣の崩落が起きている同町平福の利神城跡(一部、町の指定史跡)の写真撮影を始めた。記録保存が目的だが、将来の復元に備え、図面化作業も同時に進める。同城跡は標高373mの利神山上にある。1600年ごろ、築城が始まり、約5年後に完成したが、間もなく廃城になった。城跡の規模は東西約400m、南北が約200mあり、石垣の総延長は740mにもなる。
★大和古墳群内貫く県道計画変更要望 日本考古学協会/奈良県考古学通信 3.25
前期古墳が集中する天理市の大(おお)和(やまと)古墳群内を貫く県道バイパス工事計画に対し、日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会(委員長=矢島国雄・明治大教授)は20日までに、バイパス計画の変更を求める要望書を県などに送った。要望書では、古墳群は古代国家の成立を解明するうえで重要とし、バイパス計画の変更とともに、ヒエ塚、ノムギ、マバカ三古墳の保存対策も求めた。
★2石室を移設保存へ 尾道の大想田山古墳/広島県 考古学通信 3.25
尾道市教委は、美ノ郷町の県営尾道流通団地の取り付け道路工事に伴って発見された「大想田山(おおぞうたやま)古墳」の石室2基を、流通団地内の第2公園(約3000平方m)に移設保存する。事業費は450万円。石室はすでに解
体されており、今秋をめどに着工。年内の完成を目指す。大想田山古墳は6世紀半ばから後半にかけて築かれたとみられる。1号墳の石室は横穴式と竪穴式の折衷様で、長さ2.3m、幅0.8m、高さ0.9m。2号墳の石室は横穴式で、玄室が長さ2.8m、幅1.3m。
●よみがえる「別大電車」、写真展示 2002.3.23 合同
別府―大分間を走っていた路面電車「別大電車」が廃止されて今年で三十年。大分交通OB会=津野寅男会長(76)=はこれを記念して、当時の沿線に近い大分市勢家町の大分銀行勢家支店で回顧写真展を開いている。
別大電車は大分交通の前身の豊州電気鉄道が一九〇〇年五月に運行開始。七二年四月に廃止されるまで明治、大正、昭和の七十二年間、市民の足として親しまれ、走り続けた。
そんな懐かしいモノクロ写真二十一枚をパネルにした。開通当時の電車の姿、昭和初期の大分駅前や別大国道の風景。路面電車の脇に写るほろ付きタクシーや乗合自動車が時代を感じさせる。「さよなら電車」の雄姿や、その車内の親子の様子などが飾られている。
運転士だった津野さんは「懐かしさがこみ上げてくる。当時利用していた人たちもパネルを見て、思い出したと言ってくれる」と目を細めていた。展示は四月十九日まで。その後は同じく沿線に近い別府市の大分銀行石垣支店で催す。
●山国町奥谷地区が棚田オーナー」を募集 2002.
3.23 合同
山国町奥谷地区の「羽高・台・岩伏棚田を守る会」(田中和人会長・十一戸)は、棚田で稲作を楽しむ「棚田オーナー」を募集している。
貴重になった棚田で消費者との交流を図るとともに、耕作を継続して生きた田んぼとして後世に伝えるのが目的。棚田整備事業が完成した一昨年からスタートし、ことしが三年目。
同地区には、そそり立つ奇岩を背にした石積みの羽高棚田がある。景観は農水省の日本棚田百選にも選ばれた。棚田を潤す田野尾川にはエノハやサンショウウオが生息し、ホタルの名所もある。
募集しているオーナーは家族や職場などのグループ(五人程度)で計二十組。会費は一組一万五千円。約五十平方メートルの区画を計二十五設ける。五月下旬に田植え、九月下旬に稲刈りをする予定。各組には収穫したコメ(十五キロ)と農産物を贈る。農作業体験後は、町営温泉「憩い荘」の入浴券もプレゼント。オーナーを対象に、サツマイモ栽培の体験会も計画している。
申し込み、問い合わせは山国町農林産業課の棚田オーナー募集係(TEL0979・62・3111、FAX0979・62・2590)へ。締め切りは三十一日。申し込み多数の場合は抽選。
★荒神谷資料館建設検討委員会が最終協議/島根県 考古学通信 3.20
国内最多の青銅器が出土した荒神谷遺跡(斐川町神庭)を紹介する荒神谷資料館の建設検討委員会(委員長・藤岡大拙島根女子短大学長)の最終会合が19日、同町であり、国宝の銅剣など実物の展示にこだわり、2005年に開館する方針をまとめ、26日に本田恭一町長に答申する。
★冷泉院庭園遺構
保存へ/京都府 考古学情報 3.20
京都市は13日までに、国の史跡・二条城(中京区)の発掘調査で確認された平安時代初期の離宮・冷泉院の庭園遺構を保存することを決めた。築城400年を記念し4月から建設する予定だった二条城障壁画収蔵庫については、庭園遺構を壊さないよう設計変更し、着工も今年末に延期する。
★ホフマン窯の煙突折れる /京都府 考古学通信 3.20
大正時代に建造され、3基しか現存しない京都府舞鶴市のホフマン式旧れんが窯の煙突1本が、強風のため折れていたことが分かった。舞鶴市教委によると、折れたのは窯を取り囲む11本のれんが製煙突(高さ約6m)の1本で、地上約3mの部分で折れ、先端は落下して窯のトタン屋根を突き破っていたという。老朽化してもともと少し傾いていたものが、今月上旬に強風で折れたものとみられている。
★墓荒らし、珠洲焼壺狙う?/石川県 考古学通信 3.20
中島町小牧の町指定文化財「小牧白山社の境内の石塔群」が荒らされていることが分かり、同町教委は19日、現況調査を行った。周辺にある中世の墓が掘り返されており、七尾署では、高値で売買される珠洲焼の骨壺が狙われた可能性もあるとして捜査を開始したという。
●写真集「21世紀に伝えたい大分の風景」を発行
2002.3.19 合同
ふるさとの風景を末永く継承するために、県などが編集を進めていた写真集「21世紀に伝えたい大分の風景」(A4判・カラー一三二ページ)がまとまり、発行された。
市町村などの協力で、自然や文化、暮らし、産業などのジャンル別に候補写真をリストアップ。選定委員会(委員長・佐々木均太郎別大客員教授)が百十五風景・百三十九点を選んだ。これらを春夏秋冬の季節別に編集し、巻末に写真の解説を付けた。
春は「岡城跡と桜」(竹田市)、夏は「姫島の盆踊り〜キツネ踊り」(姫島村)、秋は「紅葉の一目八景」(耶馬渓町)、冬は「別府の湯けむり」(別府市)など。選定委員会顧問の山辰雄画伯のリトグラフと文、佐々木委員長と県出身の作家赤瀬川隼さんのエッセーも掲載されている。
三千部を印刷。二千三百部が市町村や学校、図書館など関係機関に配布されるほか、七百部が二十五日から書店などで販売される。一部二千円(消費税込み
★日本最大級の鳴瀬・里浜貝塚を整備/宮城県考古学通信 2002.3.14
鳴瀬町にある国の史跡・里浜貝塚について、同町の里浜貝塚史跡整備指導委員会
は12日、新年度から5ヶ年計画で整備する史跡公園の概要を明らかにした。それ
によると、国史跡指定地内の同町西畑、台囲両地区にまたがる約5ヘクタールを
史跡公園とする。総事業費は約1億5000万円。
里浜貝塚は、縄文時代前期から
弥生時代にかけての貝塚遺跡。東西約640m、南北約200mが1992年2月、国史跡
に指定されている。
★「宗男氏みたいな議員探して」塩尻市会/長野県 考古学通信 2002.3.14
「鈴木宗男(衆院議員)みたいな国会議員を探して(事業を)やるような努力を
してほしいと思います」。塩尻市議会社会文教委員会で委員の男性市議がこう発
言したことに、「政治家による不当な圧力を肯定するもので議会の品位を下げた」
として、同僚市議6人が11日までに、懲罰を求める動議を提出した。
発言があっ たのは今月7日。市内の平出遺跡の周辺住民が、開発が制限されている史跡指定
地内の道路拡張を要望していることを巡り、市側が「文化庁との協議では不可能」
と答弁したところ、この市議が鈴木宗男氏の名前を例に挙げ、文化庁に働きかけ
て地元住民の要望を実現するよう求めたという。
★後円部の町有化
開発を規制 椿井大塚山古墳保存で提言/京都府 考古学通信2002.3.10
多数の古代鏡が出土した国指定史跡・椿井大塚山古墳(京都府山城町椿井)の
保存管理計画が7日、同町の計画策定委員会(会長・猪熊兼勝京都橘女子大教
授)によって発表された。保存状態の良い後円部の町有化を積極的に提言、併
せて墳丘上に住む住民に配慮した管理を行う「史跡と住民の共生」を、方針と
して打ち出している。同古墳(全長約175m)は、3世紀後半の初期前方後円
墳で、画文帯神獣鏡一面や30数面の三角縁神獣鏡など大量の副葬品が出土。考
古学上、重要な遺跡として、2000年9月に国の史跡指定を受けている。
★国分寺本堂の解体進む 「甲斐国分寺」伽藍の発掘調査/山梨県 考古学通信2002.3.10
一宮町国分の「国分寺」(芦田宗興住職)が、南西に約300m離れた場所に
移転することが決まり、本堂の解体工事が進められている。「甲斐国分寺」創
建時の伽藍の発掘調査に伴う移転で、本堂は今月末までに解体を終え、今夏か
ら1年半〜2年をかけて移築される。その後、鐘楼門や庫裏(くり)も移築さ
れる予定で、4〜5年後には、生まれ変わった国分寺の姿が見られそうだとい
う。
★半年ぶりに公開・池子遺跡群資料館/神奈川県 考古学通信 2002.3.7
昨年9月のテロ事件以降中止されていた逗子市池子の米軍家族住宅敷地内に
ある池子遺跡群資料館の一般公開が5日の1日だけ、再開された。同遺跡群
は、先土器から明治時代までの複合遺跡で、弥生時代を中心に木製品や土器
など大量の遺物が出土している。同資料館は、遺物展示などのため、米軍の
スポーツ管理棟の一部を借りて、同市が管理・運営し、公開しており、テロ
事件以後、警備上の理由で公開が中止されていたもので、同市では今後も、
月1、2回程度公開を要望していきたいとしている。
★「弥生人の脳」運搬
衝撃・振動が心配/鳥取県
考古学通信 2002.3.7
青谷上寺地遺跡(青谷町)で昨年出土し、学界に衝撃を与えた弥生人の脳が、
現代人の「脳」を悩ませているという。6月15日から江戸東京博物館(東京
都墨田区)で開催される「発掘された日本列島2002」で公開する計画が浮
上しているものの、脳は氷温で保存されているために衝撃や振動に弱く、飛行
機の離着陸の衝撃には耐えられないとみられからである。輸送車に免震設備と
電源を付けて氷温庫ごと陸送するという提案も出されたりしているが、安全な
輸送には相応の経費が見込まれることから、運搬を担当する鳥取県教委も頭を
抱えている状態だという。
★明和町に「歴史ロマン広場」が開園/三重県 考古学通信 2002.3.7
明和町斎宮に完成した「斎宮跡歴史ロマン広場」の開園記念式典が3日、同広
場に隣接するいつきの宮歴史体験館で開かれた。広場は、三重県の斎宮跡歴史
ロマン再生事業の一環として、平成12年度から総工費10億5千万円をかけて整
備された。約6万5千平方mの広場の中央には、国史跡の斎宮跡を10分の1の大
きさで再現したり、9ヶ所に音声ガイドを設置し、散策しながら斎宮跡の歴史
に親しむことができるような工夫もなされいるという。
★桃山期の庭園美
再び 醍醐寺三宝院庭園 本格修理へ/京都府 考古学通信 2002.3.7
京都伏見区の真言宗醍醐派総本山・醍醐寺は、国の特別史跡、特別名勝に指定
されている三宝院庭園の修理を約20年ぶりに進めている。石組みが崩れるなど
傷みが目立ってきたのが理由で、専門家による検討委員会を設けるなど、修理
の方針や方法を検討しながら本格修理を進めていくという。三宝院庭園は、豊
臣秀吉が自ら縄張りをし、1598(慶長3)年に着工した。秀吉の死後も豊臣家
が援助して完成させ、桃山時代を代表する庭園とされている。
★国分寺本堂の解体進む 「甲斐国分寺」伽藍の発掘調査/山梨県 考考古学通信 2002.3.7
一宮町国分の「国分寺」(芦田宗興住職)が、南西に約300m離れた場所に
移転することが決まり、本堂の解体工事が進められている。「甲斐国分寺」創
建時の伽藍(がらん)の発掘調査に伴う移転で、本堂は今月末までに解体を終
え、今夏から1年半〜2年をかけて移築される。その後、鐘楼門や庫裏(くり)
も移築される予定で、4〜5年後には、生まれ変わった国分寺の姿が見られそ
うだという。
★平城宮地下水位トンネルで変化 検討委で報告/奈良県
考古学通信 2002.3.4
京奈和自動車道(京都―和歌山、120キロ)のルートが未定の木津(京都府)
と大和郡山の両インター間について、特別史跡・平城宮跡付近をトンネルで通
す可能性を検討する地下水検討委員会が1日、京都市内で開かれ、トンネルと
帯水層が交差すると水位に変化をきたすことが明らかになった。検討委を設け
た国土交通省奈良国道工事事務所では、これを受けて埋蔵文化財への影響や保
護を考えるために古代史や地質、保存科学などの専門家でつくる文化財検討委
員会を新たに設けることにしたという。
★カリンバ3遺跡整備検討委開く/北海道 考古学通信 2002.2.27
恵庭市黄金町のカリンバ3遺跡の保存と活用の在り方を検討する、市カリンバ
3遺跡整備検討委員会(木村英明委員長)が22日、恵庭リサーチ・ビジネス
パークのセンタービルで開かれ、2002年度の調査内容、今後の整備の在り
方について意見を交わした。4月には、東京で国内の考古専門家による同遺跡
の土壙墓分析会議が開かれ、墓や出土品に関する分析結果が報告される予定で、
同検討委では、この結果などを踏まえ、2004年度中の国の史跡指定を目指
し、整備方針を固めていくことを確認した。
★盛岡市長に歴史博物館整備の提言書を提出/岩手県
考古学通信 2002.2.27
盛岡市博物館等施設整備基本構想検討懇談会(座長・細井計市文化財保護審議
会会長)は26日、通史的な歴史博物館の整備を必要とする提言書をまとめ、
桑島博市長に手渡した。同市勤労福祉会館で開かれた同懇談会は今回で6回目。
最終回のまとめとして、提言案の中の立地場所や施設の規模について確認され
た。建設予定地は、岩手公園周辺・志波城跡周辺・中央公民館現在地・盛岡駅
周辺の4ヶ所が候補地として示されている。
★ずさん、石の位置お構いなし 首里城の城壁復元 /沖縄県
考古学通信 2002.2.24
世界遺産・首里城跡の今春の発掘調査や復元に対して丁寧さに欠けていると、
作業を見守っていた沖縄県立芸術大学の教員らが危惧の声を上げている。城壁
の復元に際しては、壁面の石に個別番号をつけずに石を取り上げ、新しい石で
再び積み上げるなど、適切な方法で復元作業が実施されていないと指摘する。
復元を担当する沖縄県は持ちの悪いところを取り除いているが、取り上げた城
壁石には番号をつけていないと説明しており、文化庁では史跡でもあり、取り
上げる石は記録し番号をつけ、元あった場所に戻せるようにしなければ問題だ
として、同県から事情を聴く方針だという。
★遺跡と共存、保健医療福祉ゾーンの基本設計発表/島根県 考古学通信 2002.2.24
松江市は21日、新市立病院を中核施設として、市南郊に建設する市保健医療福
祉ゾーンの基本設計を発表した。移転予定地で見つかった田和山遺跡との共存
を目指し、建物の外観や田和山からの眺望などに配慮。山陰では少ない末期患
者の緩和ケア病棟や救急病棟を新設し、建物も免震構造にするなど災害時に拠
点施設として対応できる、地域の中核病院を目指す。計画より半年遅れの04年
12月完成、05年3月オープンの予定。
★八戸市、是川遺跡の民有地買収へ/青森県
考古学通信 2002.2.22
八戸市は2002年度予算で国、県と連動して、国史跡・是川遺跡の史跡指定地域
のうち、民有地になっている約3ヘクタールを公的保全のため、買い上げる方
向で作業に入っている。買い上げは約40年ぶり。複数年度にまたがる見込みで、
市は長期的には遺跡全体を保全したい意向という。是川遺跡は縄文前〜中期の
「円筒土器」命名のきっかけになった一王寺遺跡、中期の掘田遺跡、晩期の中
居遺跡から成り、全体の広さは約24.5ヘクタール。1957年に国史跡指定を受け、
その前後に中居遺跡の一部が買い上げられている。
★ヤマト誕生かぎ握る 大和古墳群貫く県道着工へ/奈良県
考考古学通信 2002.2.22
初期ヤマト政権誕生のカギを握る天理市の大和(おおやまと)古墳群の一角を
貫くため反対運動が起きていた県道バイパス工事を、県は新年度に古墳群内で
着工する方針を固めたことが16日わかった。用地買収をほぼ終えたためで、今
春にも事前の発掘調査を始める。古墳の間を縫うようなコースに変更はなく、
遺跡や歴史的景観の破壊を恐れる考古学関係者らの阻止運動が再燃しそうだと
いう。古墳群は天理市南部から南隣の桜井市北部までの東西約1.5キロ、南北
約4キロ。三角縁神獣鏡が33面出土した黒塚古墳や卑弥呼の墓説のある箸墓古
墳など古墳時代前期(3〜4世紀)を中心に約50基あり、「王陵の里」と呼ば
れている。
★原の辻遺跡の祭儀場、竪穴住居など復元へ/長崎県
考古学通信 2002.2.22
壱岐芦辺、石田両町は19日、2005年度から5ヶ年で実施する国特別史跡、原の
辻遺跡の保存(復元)整備事業長期計画を明らかにした。祭儀場や住居など主
要な遺構を復元して一体的に整備、遺跡研究や観光施設として利用していく。
同日芦辺町内で開いた同遺跡保存整備委員会(委員長・西谷正氏)で提案、了
承された。総事業費は18億円を見込んでおり、国が事業費の半分を補助、残り
の半分を両町で負担する予定。02〜04年度は復元整備のための発掘調査に当た
りながら、同計画の具体的な基本設計を策定する。
★古墳に1億円の抵当権、土地取得後に発覚/大阪府
考古学通信 2002.2.15
5世紀中ごろに築かれた大阪府藤井寺市の前方後円墳「はざみ山古墳」の土地
の一部に、約1億円の抵当権が仮登記されていることが分かった。所有者だっ
た建築業者が91年、市にこの土地を売却する際に無断で抵当権を抹消したこ
とがあとで発覚。抵当権の権利者の訴えが裁判で認められて、古墳に抵当権が
つく異例の事態になった。権利の買い取りを求められている同市側は応じられ
ないとしているが、同市議会では買い取りの際の不手際などが指摘されている。
★最古級王墓や大型建物復元・吉武高木遺跡/福岡県
考古学通信 2002.2.15
弥生時代前期の遺跡で、国内最古級の王墓や大型木造建物跡が見つかった福岡
市西区飯盛・吉武地区の国指定史跡「吉武高木遺跡」が、史跡公園として整備
される。同市教委がアドバイスを受けている同遺跡整備指導委員会は13日、王
墓や建物の復元を核に学びと憩いの場にする整備基本方針を決めた。2011年度
の全面開園を想定している。
★那覇市の陥没地に地下壕/沖縄県
考古学通信 2002.2.1
12日午前10時ごろ、那覇市宇栄原の私道の陥没個所の下から、戦時中に掘っ
たとみられる地下壕が見つかった。壕内通路は枝分かれしながら、少なくとも
10m以上延びており、部屋のような空間もあるという。沖縄県立埋蔵文化財
センターによると、現場付近には沖縄戦当時の壕が多いという。同市では陥没
ヶ所に鉄板をかぶせ、車両の立ち入りを禁止し、安全確保のため埋めることも
含めて検討する方針だという。
★レーダー探査で建物跡を確認・下高橋官衙(かんが)遺跡/福岡県
考古学通信 2002.2.11
福岡県の大刀洗町教育委員会と奈良文化財研究所埋蔵文化財センターは8日、
同町の国指定史跡「下高橋官衙(かんが)遺跡」の地中レーダー探査で、高床
式倉庫とみられる五棟の掘っ立て柱の建物跡を確認したと発表した。発掘せず、
電波で地中を探るレーダー探査で建物跡を確認したのは国内で初めて。奈文研
ではレーダー探査を試掘に応用すれば、どこに遺跡があるか事前に分かり、費
用節減や時間短縮が可能になるとしている。
★文化財の厨子甕親族へ初“返還”/沖縄県
考古学通信 2002.2.11
那覇市天久の新都心地区にあるナーチュー毛古墓群の埋蔵文化財発掘調査で見
つかった厨子甕(ずしがめ)4点が6日、那覇市教育委員会から親族の1人で
ある祖慶文子さんの元に「返還」された。厨子甕は沖縄に普及していた家型、
御殿(うどぅん)型などと呼ばれるもので、1993年に市教委が発掘、復元した。
その後親族側から申し出があり、系図と銘書が一致、今回の「返還」となった。
★元船の木製いかり保存処理進む 鷹島町教委/長崎県
考古学通信 2002.2.11
元寇(げんこう)の激戦地となった北松鷹島町沖の海底で1994年に見つかり、
同町教委が保存処理を進めている元船の木製いかりが、展示に向けた最終段階
となる冷風乾燥に入った。当時見つかったのは3点。冷風乾燥を始めたのはこ
のうちの最も大きいいかりで、中心となる軸の長さは約2.7m。つめ約3.1m。
軸は途中で折れているが、長さ7m以上あったと推定されている。保存処理の
最終段階となる冷風乾燥は、零下10度前後で実施。半年から1年間で終了し、
その後、一般展示する予定。
★戦国武将は淡水魚が嫌い? 朝倉氏遺跡のトイレ調査/福井県
考古学通信 2002.2.11
戦国大名・朝倉氏の本拠だった福井市城戸ノ内町の一乗谷朝倉氏遺跡のトイレ
跡の土壌調査で、コイやフナといった淡水魚がほとんど食べられていなかった
ことが分かった。同遺跡は海岸から約30キロ離れた内陸部にあるにもかかわ
らず、タイなどの海の魚をよく食べていたようだという。
★草戸千軒町遺跡 10万点学術調査近く終了/広島県
考古学通信 2002.2.11
福山市草戸町、芦田川の川底から見つかった中世の町・草戸千軒町遺跡(鎌倉
〜室町時代)から出土した中世庶民の生活用品など約10万点の学術調査が近く
終了。同遺跡研究所(同市西町、県立歴史博物館内)は2002年度中にも、文化
庁に重要文化財指定を申請する。同遺跡は、同川改修工事で発見され『日本の
ポンペイ』と呼ばれている。★埋蔵文化財センターがオープン/福井県
考古学通信 2002.2.6
小浜市内の遺跡から出土した土器などを復元、保管する「市埋蔵文化財調査セ
ンター」が1日、同市遠敷2丁目にオープンした。復元工程を見学できるのが特
徴で、市では「学校の授業などにも活用できれば」と期待している。旧サイク
リングセンターを改修して活用。小浜城跡や国分寺跡など市内217カ所の遺跡
から出土した、かわらや土器、家屋の柱などの調査、研究を進める。同センタ
ーはコンクリート平屋建て、床面積は約300平方m。
★県会委員が考古博物館を調査/山梨県
考古学通信 2002.2.6
県立博物館建設計画をめぐり、県議会教育厚生委員会の6委員が31日、同博物
館との“住み分け”問題が指摘されている県立考古博物館(中道町下曽根)の
現地調査を行った。考古博物館では、県内各地で出土した約1500点の常設展と、
年1回の特別展、年3回の自主企画展などを行っているが、展示スペースが狭
く、その都度、衣替えしているのが現状。また、収蔵庫には十数万点の資料が
保管されており、数は年々増えているという。
★丸岡町の六呂瀬山古墳群整備/福井県 考古学通信 2002.2.6
4世紀から5世紀にかけて、北陸地方一帯を治めていた王の墓を復元しようと
いう構想が動きだした。福井県丸岡町は、町内にある国史跡・六呂瀬山古墳群
の整備構想策定委員会を設置。同古墳群を歴史公園などとして整備する検討を
始めた。将来は、九頭竜川両岸に広がる多数の古墳群との連携も視野に入れ、
かつての「越の国」の復元にもつなげたい考えという。
★埋蔵文化センター
県組織に一本化へ/鳥取県 考古学通信 2002.2.6
鳥取県は、遺跡の発掘調査を担う県教育文化財団の「県埋蔵文化財センター」
を将来的に廃止し、県組織の「県埋蔵文化財センター」に吸収する方向で検討
を進めている。両組織は同じ施設内にあって名称が同じため業務の違いが不明
瞭との指摘があるほか、「財団のセンターが人事の隠れみのに使われている」
との批判が出ている。文化財行政の充実と透明化を目指す片山善博知事の意向
で、すでに県教委サイドとの協議に入った。来年度は一本化への第1段階とし
て、県組織の埋文センター職員の定員増や文化財主事の新規採用、機構改革な
どを行う。また、一本化の時期は早くとも2004年度以降になるとみられている
○春日神社ご神木 樹木医が診断
合同2002.1.26
春日神社(大分市勢家町)の表参道入り口にあるご神木のクスノキに元気がなくなり、関係者を心配させている。同神社は対応を県に相談、二十五日に県緑化推進センターの樹木医が診断した。ご神木は木全体に勢いがなく、「手助けをしないとやがて絶えてしまう状況」(樹木医)。同神社は近く、詳しい結果を聞いて対策を検討する。
春日神社のご神木は二本あり、樹齢は千年を超えると言われている。神社に残っている他の樹木も含めて、県の特別保護樹林に指定されている。
診断を受けたのは、神殿に向かって右側のクスノキ。同神社によると、昨年末から表面の傷みが目立ち始めたという。参拝者が複数の小さな穴に気づいたこともあり、対応を県森林保全課に相談。県緑化推進センターの緑化推進課長で樹木医の田辺勇さんが調査することになった。
田辺さんは同日午後三時から約一時間、クスノキを診断。木の幹にある穴をルーペで調べたほか、周辺の土を掘って根の状況を確認した。
診断によると、木の葉が小さくなっているだけでなく量も少なくなっており、枝や根も弱っているという。幹の穴や表面の傷みは直接の原因ではなく、硬過ぎる土が根に悪影響を与えており、クスノキは二本とも弱っているという。
「車の排ガスや酸性雨、温暖化など、生育環境はここ三十年ほどで悪化している。参拝客の踏圧で地面が固まっている影響などもあるだろう。土壌改良など手助けが必要」と田辺さん。
同神社は「クスノキだけでなく、森と神社は共存している。最善の方法で対応できるよう努力したい」と話している。
○毛利空桑館で文化財防火デーの訓練 合同2002.1.25
文化財防火デー(二十六日)を前に、大分市鶴崎の毛利空桑記念館で二十五日、防火訓練があった。
同記念館は県指定文化財(史跡)。文武両道の教育者として知られる毛利空桑の旧宅「天勝堂」と私塾跡「知来館」、書や掛け軸など千点以上を所蔵する遺品展示館の三棟からなる。
訓練は、たばこの火の不始末で知来館一階から出火したと想定。同市東消防署や市教委、地元住民のほか、近くの大分鶴崎高校生徒、鶴崎小学校児童ら約百人が参加。一一九番通報を受けて、館内にいた小学生らが避難、消防車からの放水などを手際よくこなした。
毛利空桑顕彰会メンバーで、記念館管理人の渡辺訓彦さん<72>は「住民の協力で、訓練はスムーズに終了した。記念館を知らない人も増えており、訓練をきっかけに興味を持ってもらえれば」と話していた
★素早い保存で一致
十二支像確認・キトラ古墳 考古学通信 2002.1.25
国特別史跡・キトラ古墳から「寅(とら)」と見られる十二支像の存在が確認
されたことで、貴重な発見が続く同古墳の重要性が一層高まった。21日、明日
香村の村健康福祉センターで開かれた、キトラ古墳の保存・活用等に関する調
査研究委員会では、本来の目的である古墳の保存と活用も活発に話し合われ、
一刻も早い保存処理を目指すことで意見が一致した。
★学問資料にできず 宮城県考古学会が見解示す 考古学通信 2002.1.25
東北旧石器文化研究所(多賀城市、鎌田俊昭理事長)の藤村新一・前副理事長
による石器発掘ねつ造問題で、宮城県考古学会(会長・桑原滋郎・東北歴史博
物館学芸部長)が設置したねつ造問題特別委員会の中間報告会が19日、岩沼
市民会館で開かれた。辻秀人委員長(東北学院大教授)は、藤村氏が発掘にか
かわった1993年以降の遺跡は学問資料として使用できないとの見解を示した。
★キトラ古墳の周辺整備で初の検討委/奈良県 考古学通信 2002.1.20
明日香村の国特別史跡・キトラ古墳の周辺整備について検討する国土交通省近
畿地方整備局の基本計画検討委員会(委員長=平野侃三・東京農大教授)の初
会合が18日、京都市内のホテルで開かれた。委員会は文化財や都市計画、経済
・観光、芸術・文化などの専門家10人の委員と地元の明日香村長ら協力委員で
構成される。近畿地方整備局では文化庁の古墳整備方針を見ながら基本計画を
策定し、用地の測量や買収を進める予定でいる。
★六呂瀬山古墳群委が初会合
丸岡町/福井県 考古学通信 2002.1.20
丸岡町の「六呂瀬山古墳群整備構想策定委員会」の初会合が18日、丸岡町役場
で開かれた。今後1年間にわたり審議を重ね、築造当時の姿を基本とした環境
整備、保存活用の方針を決定する。同古墳群は、同町六呂瀬山の山頂部周辺に
位置し、北陸最大規模の前方後円墳など四基の古墳からなる。1990年に国史跡
の指定を受けた。初会合では、委員長に川村学園女子大の河原純之教授、副委
員長に六呂瀬山古墳群を愛する会の高山源一会長を選任した。
●昭和の町 大にぎわい 豊後高田市 合同2002.1.14
十三日に豊後高田市の桂川を舞台に繰り広げられたホーランエンヤに合わせ、同市中心部商店街に昨年誕生した昭和の町や旧高田農業倉庫でさまざまなイベントが催された。市外からのツアー客や家族連れなど多くの観光客でにぎわいを見せ、中心部は活気づいた。
昭和の町がある各商店街は、ぜんざいやしょうが湯、つきたてもちの無料サービス、模擬店、お土産市など、それぞれ趣向を凝らしたイベントを実施。
同倉庫が会場の「昭和ロマン蔵ー蔵開き博覧会」は昨年十一月に催した第二弾。活弁士・麻生八咫さんを招いた活動写真上映会や懐かしい駄菓子屋のおもちゃ展示などがあった。昼前から始まったぶんご合鴨(あいがも)スーパー大鍋(うーなべ)無料大盤振る舞いは二千人分を用意したが、約三十分でなくなるほど人気を集めた。
大分市から訪れた主婦山崎美鈴さん<51>は「昭和の雰囲気があり、お店の人が元気を出して頑張っている感じでよかった」と話していた。
●国東半島で中世以来 祭り守る「頭屋行事」 合同2002.1.11
「中世以来の農山村風景が続いている」として近年注目されている国東半島に、組織的に祭りを維持する「頭屋(とうや)行事」が数多く残ることが県立歴史博物館の調査で分かった。全国的にも貴重な民俗行事で、同博物館では「これほどまとまって残っているのは驚き」と話している。
調査は中世、宇佐神宮の荘園だった国東半島を対象にした村落遺跡調査の一環。新たに安岐町の五カ所と国見、国東両町の三カ所の計八カ所で「頭屋行事」が確認された。
「頭屋行事」とは、世襲または持ち回りの座元(頭屋)が取り仕切る組織的な祭り維持制度。かつては全国各地にあったが、今では中国山地などにわずかに残るだけ。県内では、大田村の白鬚田原神社と若宮八幡の組織が知られており、国選択無形民俗文化財になっている。
安岐町の五カ所は、朝来弁分(べんぶ)の八坂社や両子の大歳(おおとし)神社など。約百戸の弁分集落では、十二の名(みょう)と呼ばれる宮座があり、それぞれ座元を持ち回って年間七回の祭りを取り仕切っている。十二月、新嘗(にいなめ)祭の「来頭渡し」で次の座元と交代する。
博物館の菅野剛宏学芸員は「かつては世襲だったが、近代に入って持ち回りとなったようだ。組織は中世までさかのぼるとみられ、ムラの共同体を探る上で興味深い。開発から取り残されたからだろうが、これほど多くの頭屋行事が残るとは、国東半島の奥深さを感じる」と話している。
一方、過去の荘園調査では、中世以来の水田開発の様子が明らかになり、特に豊後高田市田染の小崎地区では、千年を超える中世の農村風景が続いていることが分かった。現在、「生きている遺跡」としての整備事業が始まり、「六郷満山」の仏教文化だけでなく、風景や民俗面でも国東を見直す動きが広がっている。
写真は次の座元と交代する「来頭渡し」。座元は持ち回りで祭りを取り仕切る(安岐町朝来弁分地区、2000年12月)
★上高森遺跡、中島山遺跡 登録削除へ/宮城県教委
考古学情報 2001.12.28
旧石器発掘ねつ造問題で、宮城県教育委員会は26日、ねつ造発覚の発端とな
った同県築館町の上高森遺跡を「遺跡としての根拠がなくなった」として、遺
跡台帳から削除した。また、出土石器の一部が約30キロ離れた袖原3遺跡の石
器と一致したとして有名な中島山遺跡についても、年明け以降に削除の手続き
に入る方針を固めた。
★向山古墳を守ろう 川之江市でボランティアの保存会が発足/愛媛県
考古学情報 2001.12.28
川之江市金生町の県指定史跡、向山古墳を民間レベルで保存する「向山古墳保
存会」が発足した。同保存会は民間のボランティア組織として発足。来年3月
には市の整備計画も示される予定で、古墳周辺を整備する時に作業を手伝った
り、整備後は草刈りなどの清掃作業にあたる。同古墳は7世紀初期に造られた
とされる墳丘に2基の石室がある県内でも代表的な巨石古墳。
★聖嶽洞穴ねつ造報道訴訟 文春は「全面的に争う」姿勢
考古学情報 2001.12.28
週刊文春による聖嶽洞穴(本匠村)のねつ造疑惑報道に抗議し、今年3月に自
殺した別府大学名誉教授賀川光夫さんの遺族3人が、同誌を発行する文芸春秋
社と編集長ら2人を相手に、同誌への謝罪広告掲載と5500万円の損害賠償を求
めた訴訟の第1回口頭弁論が25日、大分地裁であり、同社側は訴えの棄却を求
める答弁書を陳述、全面的に争う姿勢を示した。
★バーミヤン大仏復旧協力を要請 アフガン新政権が日本に
考古学通信 2001.12.28
アフガニスタンのカルザイ暫定政権が、タリバーンに破壊されたバーミヤン大
仏の復旧について日本に協力を要請した。また、同相は、カルザイ政権がガン
ダーラ美術などの文化財を保存、展示する博物館をカブールとバーミヤンに建
てる考えも説明し、これにも日本の協力を求めたという。
★似島の旧陸軍弾薬庫4棟を解体/広島県
考考古学通信 2001.12.28
平和学習の見学コースになっている広島市南区の似島に残る旧陸軍の弾薬庫4
棟が、「老朽化し危険」として取り壊されることが23日、分かった。所有・管
理する中国財務局は年内にも解体作業に入る予定で、弾薬庫は隣接する社会福
祉法人似島学園が買い取った1棟だけになるという。
●中津城で堀の復元工事 コイの泳ぐ内堀に 合同新聞2001.12.27
中津市二ノ丁にある中津城の内堀の復元工事が進められている。中津市まちづくり総合支援事業の一環。一帯は市指定史跡。市教委による文化財の発掘調査と併せて段階的に工事を進め、二〇〇四年度までに完成させる。
復元するのは南側の内堀。現在は一部の石垣が残っている状態で、堀は土砂で埋まっている。石垣の不良個所を積み直して延長。堀跡の土砂を除き、東西約二百mの堀(幅五〜十m)を復元する。周囲は遊歩公園として整備する。完成後、水をたたえた堀にコイを放つなどし、往時の情趣を再現する計画。総事業費は七億八千万円。
工事に先行する文化財発掘調査は、石垣や堀跡の付近の遺物や遺構の確認、石垣の実測などが内容。学識者や専門家の指導を受けながら進めている。
城下町中津の象徴、中津城は一五八八(天正十六)年、黒田如水が築城を開始。その後、細川、小笠原、奥平と続く歴代藩主が廃藩までの約三百年にわたって居城した。西側は中津川に面し、残り三方を堀に囲まれた造りだったが、南側の堀は一九四五年の終戦前後までに埋められたという。
市のまちづくり事業計画では、中津城周辺を「歴史・文化ゾーン」と位置付ける。中津藩の城代家老生田家の屋敷門だった「生田門」は今春、南部小学校の正門としてよみがえった。復元工事が始まった内堀の隣接地には、〇四年度までに市芸術文化センターが建設される。
●ねつ造報道訴訟 文春は「全面的に争う」姿勢
合同新聞2001.12.26
週刊文春による聖嶽洞穴(本匠村)のねつ造疑惑報道に抗議し、今年三月に自殺した別府大学名誉教授賀川光夫さん<78>=当時=の遺族三人が、同誌を発行する文芸春秋社と編集長ら二人を相手に、同誌への謝罪広告掲載と五千五百万円の損害賠償を求めた訴訟の第一回口頭弁論が二十五日、大分地裁(須田啓之裁判長)であり、同社側は訴えの棄却を求める答弁書を陳述、全面的に争う姿勢を示した。
同誌の見出し、記事によって、賀川さんの名誉を傷つけたという訴えに対し、同社側は「意味について争う」と答弁書で反論した。
原告と原告側弁護団の代表が意見陳述。長男洋さん<45>は「報道の自由は守られなければならないが、モラルの欠如には厳格に対処すべき」と述べた。
訴状によると、週刊文春は今年一月から三月までの三回と、賀川さんの死後の計四回にわたって、聖嶽関係の記事を掲載。「『第二の神の手』が大分『聖嶽人』周辺にいる!?」という見出しや記事で賀川さんが遺跡をねつ造したと断定した。
口頭弁論の後、賀川さんの教え子や、賀川さんが会長を務めていた「歴史と自然を学ぶ会」などゆかりの人たち約百人が大分市の県弁護士会館に集まり、「賀川光夫先生の名誉回復の裁判を支援する会」を発足させた。
集会では、原告を代表して長男洋さんが会結成に謝辞を述べながら、「最後まで粘り強く闘いたい」。弁護団副団長の岡村正淳弁護士が「賀川さんの名誉回復に向け、皆さんと共に裁判所の胸を打つ立証をしなければならない」とあいさつした。
支援する会会長の梅木秀徳さん(歴史と自然に学ぶ会)が「全力を尽くし裁判を支援する」と力強く決意表明。賀川さんから学び、現在は九州各県で活躍している別府大学卒業生の連絡会や歴史と自然を学ぶ会などの代表計七人も支援を約束した。「ご遺族の怒りは敬慕の念を抱いてきた私たちの怒りでもある。支援の輪を全国に広げ、裁判勝利を宣言する」との集会アピールを採択した。
会は今後、資金カンパとともに裁判支援を多くの人たちに呼び掛けていく。事務局は別府大学文学部「利光研究室」(TEL0977・67・0101)。
●江戸時代の住宅を再利用、久住町白丹公民館 合同新聞 2001.12.24
久住町白丹の白丹町自治会(白下義男会長)は、ダム建設で水没することになった江戸時代の住宅の柱やはりを再利用して、外観や間取りを再現した地区公民館を建てた。
住宅は白丹町地区に隣接する相ケ鶴地区に、約二百年前に建てられたもの。元町教育長だった井手徳夫さん(現在は大分市在住)が住んでいたが、稲葉ダム建設に伴い水没することになっていた。
白丹町地区は旧肥後街道沿いの要衝地として栄えた。五年前から地元の住民が古い町並みを生かした町づくりに取り組んでおり、その一環として、昨年、住宅の石蔵(町指定文化財)を地区内に移築。今回、住宅の柱やはりを利用して地区公民館を建てることにした。
公民館は移築した石蔵の隣に建設。費用は宝くじの助成金や自治会の資金を充てた。「柱やはりの約八割はそのまま使うことができた」と白下会長。土間の天井には黒光りした何本ものはりが渡されており、江戸時代の住宅の雰囲気を味わえる造りになっている。
自治会では二十五日に完成式をする。白下会長は「今後は公民館として利用するほか、歴史を生かした町並みづくり、この地区と都市との交流拠点として活用していきたい」と話している。
★田野町の本野原遺跡盛り土保存し農地に/宮崎県 考古学情報 2001.12.21
田野町は19日、同町元野の本野原(もとのばる)遺跡で発見された、西日本最大級の縄文
時代後期の集落跡をシラスの盛り土で保存し、農地にすることを決めた。近く生め戻す予
定。町は発見された11月末以降、遺跡の公園化も視野に入れ、保存方法などの検討を重ね
てきた。しかし、町単独での整備は財政的に不可能。現時点で県や国の援助は見込めない
と判断、遺跡に保護用のシラス約60cm、さらに土約50cmをかぶせ、農地にすることに
した。
★三星堆開発と保護に3億元/中国
考古学情報 2001.12.21
中国農業銀行・四川省支店と広漢市人民政府はさきごろ、国際的な観光名所として知られ
る三星堆の保護や文化・観光施設、関連産業の開発を目的とした3億元の融資について契
約書を交わした。三星堆古遺跡はかつて古蜀と呼ばれた四川の文化の象徴で、国内最大の
考古遺跡のひとつ。広漢市の蕭龍渓代理市長によると、三星堆古遺跡は現在、世界文化遺
産への登録を申請中。市は文化財の発掘や遺跡の保護を着実に進め、重要な遺跡に悪影響
を与える恐れのある工鉱業企業や住宅、墓地などを今後3〜5年内に移転させることを計画
している。
★キトラ古墳保存修理費に1億4000万円/奈良県
考古学情報 2001.12.21
古代中国の四神と星宿図が石室に描かれた奈良県明日香村の国特別史跡・キトラ古墳(7
世紀末〜8世紀初頭)の保存修理費として、財務原案に1億4000万円が盛り込まれた。石室
に初めて調査員が立ち入り、壁面保存処理をすることになりそうだ。キトラ古墳は今年3
月、近くの高松塚古墳と同様に、国営飛鳥歴史公園の一部として整備されることが閣議決
定された。これを受け、石室内を調査し保存活用のあり方を研究するため、文化庁が予算
要求していた。
★出土品をデータベース化 県埋文センター/埼玉県 考古学情報 2001.12.21
埼玉県教育局は、県内の遺跡から出土した金属製の道具や貨幣などの遺物をデータベース
化することを決めた。新たに出土した遺物と容易に比較検討できるようにするもので、開
会中の県議会に一般会計補正予算として提案されており、17日の文教委員会で可決された。
事業予算は約1400万円。データベースの対象となるのは、〈1〉古墳時代以降に出土した
刀や鏃、鎌などの金属製の武器や農具〈2〉古代から近世までの貨幣。
★氷見市が柳田布尾山古墳史跡部分の半分買収/富山県
考古学通信 2001.12.18
氷見市は、日本海側最大の前方後方墳「柳田布尾山古墳」の国史跡部分のうち、約半分に
当たる南側の約7103平方mについて、11月末までに土地所有者11人と売買の仮契約を終え
た。史跡部分に加え市単独で周辺の土地を買収することも検討しており、史跡公園の整備
を通じて県内有数の古墳集積地区とされる同市の魅力を県内外に発信したい考えだ。開会
中の市議会に土地取得費計約9376万円を盛り込んだ13年度一般会計補正予算案を上程して
いる。同古墳は今年1月に国史跡に指定され、平成13、14年度の2ヶ年で計約14821平方m
を取得する。負担割合は国が約8割、県、市が各約1割。
★市民ワークショップの議論を踏まえ田和山整備/島根県
考古学通信 2001.12.18
松江市教委は、国史跡に指定された田和山遺跡(同市乃白町)の整備基本計画案をまとめ
17日、市内で開かれた同遺跡整備検討委員会(委員長・広瀬和雄奈良女子大教授)に示し
た。最大の特徴である弥生時代の三重環濠(かんごう)の大半を見学できるよう保全する。
来年3月までに計画を正式決定し、2005年3月の史跡公園開園を目指す。
◎中津城跡(12月11日)−大分県−
考古学通信 2001.12.14
中津市の中津城跡の発掘調査を進めている同市教委は、同城の石垣の土中から金箔瓦の
破片が出土したことを明らかにした。見つかった金箔瓦は、本丸付近にあたる堀南側の地
下3.8mにある根石と呼ばれる最下層の石垣まで掘り進む途中で発見され、最大部で縦13
cm、横7cm、厚さ6cmあり、鬼瓦の縁の一部分とみられ、割れ口以外ほぼ金箔で覆わ
れており、光沢を放ち、保存状態は良好だという。同城は天正十六(1588)年に黒田如水
によって造営されており、金箔瓦も同時期のものと推定され、九州では小倉城や佐賀県の
名護屋城などで確認されており、豊臣秀吉が政権を握った16世紀後半に主要な建物の装飾
に使用されたもので、同城の拠点としての重要性を象徴したものと見られている
★国指定文化財「藩境塚」本格的に管理、保存へ・北上市/岩手県
考古学通信 2001.12.14
北上市は、国指定文化財(史跡)となっている「南部領伊達領境塚」(藩境塚)の本格的
な管理、保存に乗り出す。藩境塚は、江戸時代初期に旧南部藩と仙台藩の領境として築か
れたとされ、北上市と金ケ崎町にまたがる全長約11キロが史跡として指定されている。今
回は管理、保存作業の第1弾として、くい打ち作業を実施し、指定区域を確定させる。今
月中にも本格着工する予定で、15年度までの3ヶ年事業で行われる。
★石器ねつ造問題の“7遺跡”ひっそりと登録抹消/埼玉県
考古学通信 2001.12.14
民間考古学者による石器発掘ねつ造問題でクローズアップされ、結局、遺跡ではないと判
断された前期旧石器時代の7遺跡(いずれも秩父市)が11日、県の遺跡台帳からひっそり
と抹消された。約35万年前の石器が見つかったとされる“長尾根遺跡”の発見から続いた
一連の前期旧石器騒動は、約2年半で完全にピリオドが打たれた。
この日、抹消されたの
は、長尾根、小鹿坂、長尾根南、檜木入、長尾根北、並木下、十三佛の計7遺跡。
★埋蔵文化財 調査と保存体制強化を/和歌山県
考古学通信 2001.12.10
徳蔵地区遺跡など全国的に注目される発掘例が多いにもかかわらず、調査体制が不十分と
して、日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会は8日までに、木村知事らに対し、担当
職員を拡充するなどして埋蔵文化財の保存体制の強化を求める要望書を提出した。委員会
が文化財行政の改善を求めるのは極めて異例という。要望書はほかに小関洋治・県教育長
と県文化財センター、徳蔵地区遺跡がある南部町長と南部川村長に11月19日付の内容証明
郵便で郵送された。
★現状のまま保存整備へ 天理・黒塚古墳/奈良県 考古学通信 2001.12.10
三角縁神獣鏡が大量に出土した天理市柳本町の史跡黒塚古墳の整備を検討する「黒塚古墳
整備専門委員会」(会長、古沢竜介・天理市文化財保護審議会会長)の第6回会合が、6日
までに開かれた。黒塚古墳については、展示施設は建設中だが、古墳本体の整備は14年度
に実施設計、15年度に具体的な整備を進める計画。委員会では、古墳整備の方針や進め方
について話し合われた。黒塚古墳は、前方部北側の墳丘のすその確認が求められていたが、
委員会では、近世の改変で調査をしても確認は見込めないと判断。現況のままで保存整備
する方針が確認された。
★田鶴浜町の公園整備工事 古墳時代の石棺破損 /石川県 考古学通信 2001.12.10
田鶴浜町が進めている公園整備工事で、地中にあった古墳時代(6世紀後半〜7世紀前半)
の石棺の天井部分などを破損していたことが5日、分かった。県への事前通知や試掘調査を
しなかったためのミスで、同町は「認識不足で申し訳ない」としている。破損したのは、
同町垣吉の「垣吉A古墳群」にある直径約6mの円墳。
★アフガンの貴重な古代遺跡、アルカイダの軍事拠点に 考古学通信 2001.12.10
70年代に日本の考古学者らが発掘を手がけたアフガニスタンの貴重な古代遺跡がアルカイ
ダの軍事拠点に使われていた。首都カブールの北方30kmのミルバチャコット村の丘陵に
ある遺跡の歴史は、7世紀ごろにさかのぼり、インドの王が岩盤上に城を築いて、この地
を支配していた。遺跡は、北部同盟がカブールを陥落させる11月13日まで、タリバーンや
オサマ・ビンラディン氏のテロ組織「アルカイダ」に、北部同盟の攻撃に備える軍事拠点
として使われていた。同遺跡は70年から78年にかけて、京大中央アジア学術調査隊の桑山
正進・京大人文科学研究所教授らが、5回にわたり発掘調査を実施しており、アフガンに
までヒンドゥー教文化が浸透していたことを裏付ける神像などを発見している。
★文化財の発見や活用の担い手を 県教委が養成講座/兵庫県 考古学通信 2001.12.10
文化財や歴史遺産をまちづくりに生かすため、県教委は1月から、全国で初めて、専門家
や市民が調査、研究を行うヘリテージ・マネジャー(歴史文化遺産活用推進員)の養成講
座を始める。阪神・淡路大震災では、その価値が分からないまま失われた歴史的建造物が
たくさんあり、地域での発見や活用を考えるのが狙い。建築士を対象とした講座から始ま
り、最終的に500人の養成を目指す。
★戦争遺跡約660ヶ所(11月24日)−沖縄県−考古学通信 11.26
沖縄県内で太平洋戦争時の旧日本軍の施設や住民らの避難壕などの調査を実施している
県立埋蔵文化財センターは、現存する遺跡が沖縄本島だけでも約660ヶ所に上ることを明
らかにした。1998年から始まった調査では本島南部で367ヶ所、中部で226ヶ所、現在も調
査中の北部では約70ヶ所が確認されている。激戦地となった南部では、大半が陣地や避難
用の壕で、旧海軍司令部壕(豊見城村)など一部は保存・整備されているものの戦後の農
地改良などで破壊が進んでいるという。中部は戦闘機の掩体壕やトーチカ、監視哨など旧
日本軍の施設が多く、県民の疎開先となった北部では、現在も同センターにより調査が進
められており、今後、本島以外の離島でも調査を予定しているという
★課長が発掘強行を指示 黒部の文化財破壊/富山県 考古学通信 11.26
黒部市指定文化財である長安寺の土塁の一部が発掘調査で破壊された問題で、市教委の文
化財担当学芸員が上司の生涯学習課長に対し、発掘調査の前に市文化財保護審議会に諮る
べきだと文書で起案を提出していたにもかかわらず、同課長がこれを阻止。審議会開催前
に発掘の強行を職務命令として指示していたことが21日、分かった。同課長は「生活道の
拡幅工事を急ぐのが目的だった」と認めている。市教委の強引な調査で文化財を壊してい
たことが、明らかになった。
★「佐野城跡」現状復旧へ発掘調査 市と市教委が決定 考古学通信 11.22
佐野市が進めている佐野駅自由通路建設事業に伴い、市指定史跡「佐野城跡」の一部が誤
って掘削された問題で、市と市教委は原状復旧に向けた発掘調査を実施することを決め、
19日、市文化財保護審議委員会(前沢敏委員長)に説明した。調査は、城郭遺構が確認で
きる範囲として約500平方mが対象で、都内の専門業者に委託した。今月中に開始し、年
内には現地調査を終え、年度内に報告書をまとめる予定だという。
★道路拡幅で文化財破壊 黒部市指定・長安寺の土塁 考古学通信 11.22
中世の館跡の様子を残し、黒部市の有形文化財建造物に指定されている長安寺(同市若栗)
の土塁の一部が、生活道の拡幅工事に伴い一部破壊されていることが19日までに、分かっ
た。北陸新幹線の建設用地買収に絡み、地元から強い要望のあった拡幅工事を市が認めた
ものだが、文化財保護を担当する市教委も適切な対応策をとらずに工事を黙認。市文化財
保護審議会には土塁の一部が破壊された後に報告された。委員のあいだからは、市と市教
委の開発優先の対応に批判の声が上がっている。
★嘉倉貝塚 保存のための確認調査開始(宮城県) 考古学通信 11.22
縄文時代前期末から中期初め頃(約5000年前)の大集落とみられる嘉倉貝塚で、今月
8日から確認調査がはじまりました。今年は遺跡全体像を知るための調査で、すでに調査区
内からは住居跡も発見されている。
★田原町の「吉胡貝塚」史跡公園に /愛知県 考古学通信 11.22
国史跡「吉胡(よしご)貝塚」(愛知県田原町)の整備計画が、史跡指定から半世紀を経
て具体化に向け動き出した。国内最多の縄文人骨が出土した日本を代表する貝塚遺跡。同
町教育委員会は文化庁の指導で調査を進めており、将来的に資料館併設の史跡公園にする
方針だという。
★平城宮跡守るNPOを設立 考古学通信 2001.11.19
奈良市の特別史跡・平城宮跡の保存に市民も協力しようと奈良文化財研究所の解説ボラ
ンティアらがNPO(非営利組織)法人「平城宮跡サポートネットワーク」を設立し、
17日、奈良市の奈文研平城宮跡資料館講堂で記念講演会を開いた。
平城宮跡の歴史など
を観光客らに解説しているボランティアらが発案。昨年から設立準備を進め、10月に県
からNPO法人の認可を受けた。今後は「環境保全」「広報企画」「文化・教育」の3部
会を設け、月1回の会議を開く。一般会員も募集しており、問い合わせは奈良文化財研究
所内の平城宮跡サポートネットワーク(電話:0742-34-3931)まで。
★長門市大寧寺の盤石橋を補修 考古学通信 2001.11.19
山口県内3奇橋の1つ、長門市深川湯本、大寧寺参道入り口に架かる石橋「盤石橋」の補
修工事が15日、始まった。同橋が1764年(宝暦14年)に再建立されて以来、初めての
補修。工事が終わった橋の写真はコンピューターグラフィック処理し、資料としても保存
する。
★方保田東原遺跡(10月16日)−熊本県−考古学通信 11.16
山鹿市にある方保田東原遺跡の発掘調査を実施した同市教委は、同遺跡が弥生時代後期
から古墳時代前期の中部九州では最大級の拠点的な集落跡であることを明らかにした。同
遺跡は菊池川と方保田川に挟まれた舌状台地上に立地しており、1955年の調査開始以来、
巴形銅器、内行花文鏡などの青銅器をはじめ、石包丁型の鉄器、多数の土器や住居跡など
が出土し、現在は遺跡全体を取り巻く弥生時代の環濠とみられる溝跡、住居跡などの発掘
が続けられている。また、同遺跡の範囲は35〜40ヘクタールとみられ、その遺構や遺物の
出土状況などから、同市教委では当該地域に勢力を張った大きな権力が存在していたもの
と考えているという。
★長門市大寧寺の盤石橋を補修 考古学通信 11.16
山口県内3奇橋の1つ、長門市深川湯本、大寧寺参道入り口に架かる石橋「盤石橋」の補
修工事が15日、始まった。同橋が1764年(宝暦14年)に再建立されて以来、初めての
補修。工事が終わった橋の写真はコンピューターグラフィック処理し、資料としても保存
する。
★山梨県立博物館建設 議会与党に慎重論 考古学通信 11.16
東八代郡御坂町に計画されている県立博物館をめぐり、県議会与党内で建設慎重論が強ま
ってきた。13日に開かれた自民党の議員総会では、同党として今後、建設の是非を議論し
ていくことを確認した。県の財政状況が厳しさを増す中で「箱物」建設に対する県民の目
が厳しくなっていることに加え、目玉となる展示物が見当たらないことなどを理由に挙げ
ている。博物館計画は基本設計に入るなど建設へ向けて大きく動き出しているが、多額の
税金を投入するだけに、今後建設の是非をめぐって論議が再燃する可能性が出てきた。
★ユネスコ、日本が洛陽竜門石窟の保護で協力 考古学通信 11.16
中国は、河南省洛陽市の竜門石窟の保護において、国連教育科学文化機関(ユネスコ)、
日本と協力し合う。ユネスコによる竜門石窟保護プロジェクト支援の調印式がこのほど、
洛陽で開かれた。昨年9月、ユネスコの駐中国事務局、中国国家文物局、日本の東京国立
文化研究所などが竜門石窟で共同視察と論証を行い、日本政府の無償援助資金125万ドル
を石窟の保護にあてることが計画された。
★歴博と古代文化センターの施設規模を発表・島根県
青銅器をはじめとする島根の古代文化遺産を展示、研究する県の歴史民俗博物館・古代文
化研究センターの整備内容が14日、発表された。事業費は博物館が約70億円、センターは
約30億円。年度内にも基本計画を策定し、2006年度のオープンを目指す。
★幻の「天皇御座所」?天理の地下壕(11月6日)−奈良県−考古学情報 11.9
天理市豊田町で第2次大戦末期に本土決戦に備えて天皇を迎えるために造られたとみら
れる地下壕が、同市内で戦争遺跡などを調査している高野眞幸・天理高校教諭によって発
見された。地下壕は、岩盤の山腹に、幅約3m、高さ約3mの坑道が掘られ、内部は縦横に
枝分かれした複雑な構造だという。部分的に、崩落跡が見られるものの、全体に頑丈な造
りで奥行きは100m程度と見られている。軍関係資料などによると、第2次大戦末期に本土
決戦に備え、丹波市町(現天理市)豊田山に掘った大きな防空壕に天皇の御座所を造った
とされており、同教諭はこの坑道が戦争末期に天皇を移そうとした地下施設だろうと推測
している。
★安曇村の遊歩道 遺跡調査せず整備工事(長野県) 考古学情報 11.9
南安曇郡安曇村が、村誌で紹介している沢渡地区の戦国時代の砦跡や鎌倉時代の鎌倉街道
跡を村の遺跡台帳へ登録せず、発掘など詳しい調査をしないまま本年度、総延長約1.1km
の遊歩道整備工事を進めていることが5日、分かった。長野県教委文化財・生涯学習課は
同日、村教委に対し、文化財保護法に触れる可能性があるとして、遺跡台帳に新たに登録
するなど手続きを踏むよう指導したという。
★苫小牧市埋文調査センター、16年の歴史に幕 考古学情報 11.9
苫小牧市埋蔵文化財調査センターが今年度いっぱいで業務を休止する。主な業務だった苫
小牧東部地域の埋蔵文化財調査の報告書作成が今年度内で終わるための措置。センター建
設時の補助金の関係で施設と施設名は残り、市博物館長が所長を兼務する形となる見通し
だが、組織は事実上、無くなる。約300万点の出土品は引き続きセンターに収蔵され、学
術研究などに役立てられる。
★古代山陽道跡を確認(11月2日)−兵庫県− 考古学情報 11.5
明石市にある分譲住宅の開発地(同市二見町福里)の発掘調査を実施した同市教委は、
奈良時代に敷設された古代山陽道跡が出土したことを明らかにした。見つかった古代山陽
道は、奈良・平安時代に奈良から太宰府(福岡県)までを結んだ幹線道路で、ほぼ南東か
ら北西に向かって幅5.5m、長さ6mの道路跡が見つかった。道の両端に当たる部分には幅
70cm〜1mの側溝があり、軟弱な地盤を補強した痕跡とみられる石敷きも出土した。路
面からは奈良時代から平安時代にかけての須恵器や土師器、瓦の破片など約40点も出土し、
古代山陽道跡と判断されたという。
★初の原人化石発掘(10月30日)−タイ− 考古学情報 11.1
タイ北部のランパン県で約50万〜100万年前のものとみられる原人の化石が、マヒドン
大などの研究グループによってタイで初めて発掘されたことが明らかにされた。発掘され
た化石の部位は右眼窩上の骨(縦6cm、横8cm)で、ジャワ原人や北京原人の特徴と類
似しており、世界中で発掘された原人化石との比較からジャワ原人など原人の特徴を持つ
と鑑定されたという。原人がアフリカからアジアに広がる過程で、同研究グループでは、
タイがインドから中国、インドネシアへの分岐点だったのではないかと見ている。
★「大阪歴史博物館」来月3日オープン 館長に脇田氏 考古学情報 11.1
大阪市が中央区大手前の旧市中央体育館跡地に建設を進めてきた「大阪歴史博物館」が完
成、11月3日にオープンする。館長には、大阪大名誉教授の脇田修・市文化財協会理事長
が就任する。
★ユネスコ委員会、海中文化遺産保護条約を可決 考古学情報 11.1
国連教育科学文化機関(ユネスコ)の文化委員会は、難破船や沈没した都市などの海中文
化遺産保護条約を可決した。この条約で、歴史的価値のある難破船や海底に沈む考古学的
遺跡などの盗掘が禁止される。ユネスコによると、世界的文化遺産が盗掘者の手によって
荒らされ、多額の利益が奪われているという。条約は11月2日、委員会からの報告とし
て発表され、総会の本会議で審議にかけられる予定。
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◎伝統文化を継承 「ゆふいん子ども神楽社」が発足 合同10.30
湯布院町中心部の小学生でつくる「ゆふいん子ども神楽社」が発足し、練習に励んでいる。十一月十日の公民館まつりでデビューし、「五方礼始(ごほうれいし)」を披露する予定。子ども神楽社を設置した町中央公民館は「いずれは自主グループとして独立させたい。神楽を通して、地域の伝統文化を守っていってほしい」と期待している。
同町は神楽が盛んで、大人たちの神楽座が五つある。後継者が不足する中、「子どもたちに伝統文化を継承してもらいたい。地域とかかわりを持ちながら、心豊かに育ってほしい」と、本年度、公民館活動の一つとしてスタートした。これまで、湯平地区には子ども神楽があったが、由布院地区にはなかった。
メンバーは由布院小学校の一〜六年生までの九人。湯布院町役場神楽愛好会(佐藤純一代表)のメンバーが指導。主に学校が休みの第二、第四土曜日を利用して、基本的なステップや舞を学んでいる。デビューを前に、十月には毎週のように練習を重ねてきた。
「小さいころから地元の祭りで神楽を見て、楽しそうだと思っていた。難しいけど、いつか大蛇(おろち)を動かしてみたいな」と立川翔平君(五年)。
佐藤代表<53>は「子どもたちは覚えが早く、素直でまじめ。時代が変わっても、神楽が好きだという思いは、自分が子どものころと同じだと驚いた」と感想。「大人になっても、神楽を通して、湯布院とのつながりを大切にしてほしい」と、子どもたちの成長を見守っている。
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★大山古墳(10月27日)−大阪府− 考古学情報 10.29
堺市にある日本最大の前方後円墳・大山古墳(伝・仁徳天皇陵)の調査を実施した宮内
庁は、同古墳の墳丘から5世紀中ごろの須恵器片が発見されたことを明らかにした。見つ
かった須恵器片は大きな甕のもので、半分ほどが残っており、復元すると高さ約62cmに
なるという。口縁部の作りなどから近くの陶邑(すえむら)で450年前後に製作されたも
のとみられ、5世紀後半説が多かった同古墳の築造年代が古事記から類推した仁徳天皇の
没年(427年)に接近し、仁徳天皇の被葬者論争に一石を投じるものとみられている。
★妻木晩田遺跡(10月26日)−鳥取県− 考古学情報 10.29
大山町、淀江町にまたがる弥生時代の大規模集落跡・妻木晩田遺跡の発掘調査を進めて
いる鳥取県教委は、洞ノ原地区西丘陵集落跡の環濠から鍛冶遺構が出土したことを明らか
にした。見つかった鍛冶遺構は、縦0.85m、横0.65m、深さ0.15mあり、多量の鍛造は
く片が散在しており、焼土の粒子も確認されたという。
近くの住居跡などとの関係から、
弥生時代後期終末から古墳時代前期初頭(2〜3世紀ごろ)のものとみられている。同県教
委では、これまで同遺跡から出土している約300点の鉄器や鉄くずが現地生産されていた
ことを示すとして、鉄器生産の実像に迫るものと今後の調査に期待を寄せている。
★古墳散策パンフを作製 栗東市出土文化財センター 考古学情報 10.29
滋賀県栗東市出土文化財センター(同市下戸山)はこのほど、県内最大の帆立貝形前方後
円墳「椿山古墳」や岡遺跡など同センター周辺の古墳群や観光地などをめぐるハイキング
コースを設定し、パンフレットを作成した。問い合わせは同センター(電話:077-553-
3359)へ。
◎守ろう九重の景観 合同 10.27
九重町飯田高原野焼き実行委員会は来年の一斉野焼きに備え、長者原の湿原タデ原や泉水山ろく、一目山一帯で防火帯造りに取り組んでいる。来春は約四百八十ヘクタールで野焼きをする。
実行委員会は九重の自然を守る会、長者原観光協会、湯坪民宿組合、ボランティアグループ公私隊や地元の関係地区で構成。高原の植生や景観を守るため、三年前から一斉野焼きを続けている。
参加団体が受け持ちの地域を決め、九月初めから作業を開始。野焼き予定地の周囲で伸びた夏草や雑木類を切り払い、天候状態を見ながら枯れ草や小枝を焼き、幅八〜十mの防火帯(長さ十二〜十三キロ)を設けている。
実行委員会は来年三月、ボランティアの協力で火入れをする。野焼きが復活した地域では、高原自慢の素晴らしい眺めがしっかりと保たれている。
★世界遺産財団、広島・鞆の浦が危機監視対象に 考古学情報 10.25
地域と文化・宗教の相違を超え、危機にひんしている人類遺産の保存運動を進めている世
界遺産財団(WMF、本部ニューヨーク)はこのほど、2002年の危機監視対象に、中世以
来の港町、広島県福山市の鞆の浦を選んだ。「万里の長城」などとともに、保存が危ぶま
れている世界各地の100ヶ所の遺跡の1つとして、日本でただ1ヶ所選んだ
★新幹線ルートから歴史遺産 熊本県 考古学情報10.25
九州新幹線建設計画に伴う八代市内の埋蔵文化財発掘調査で、貴重な歴史遺産が相次いで
発見されている。球磨川下流の肥よくな土地柄から早い時期に生活圏が確立されたとみら
れる八代市では、八代海と平野部を見渡せる山あいに中世以降、有力者の城が築かれるな
ど九州南部の軍事、交通拠点としても位置づけられている。しかし、干拓と開発の歴史の
中で未解明な部分は少なくなく、新幹線計画がその一端を明らかにするきっかけになった
格好だという。
★奉納石灯籠発見(10月23日)−山梨県−
甲府市の旧家、高室家(同市高室町)の敷地内にあった石灯籠が、山梨県教委の調査に
よって、江戸時代に屈指の碁の棋士であった服部因淑(1761〜1842年)が文政13(1830)
年に奉納したものであることが判明した。石灯籠は高室家敷地内の祠に建てられていたも
ので、側面に「文政十三年」「江戸御碁所 服部因淑」と刻まれているのが確認されたと
いう。棋士が灯籠を奉納した例は全国でも珍しく、因淑と高室家の間に親密な交流があっ
たのだろうと推測されており、甲斐国内の囲碁界の活況を知る大きな手掛かりとなりそう
だと期待が寄せられている。
★三内丸山・復元住居跡放火男を起訴/青森地検 考古学情報10.22
青森地検は18日、青森市三内丸山の三内丸山遺跡内の復元した竪穴住居に放火したとし
て同市奥野の無職、内沢勝広容疑者を非現住建造物等放火の罪で青森地裁に起訴した。
起訴状によると、内沢被告は9月27日午後4時ごろ、遺跡内の木造かやぶき建て竪穴住居
に持っていたライターで火を付け、約15.8平方mを全焼させた。
★猿人の木製工具を発見(10月15日)−中国− 考古学情報10.22
山東省臨沂市羅庄区侯家三崗村にある旧石器層(70万年前)から旧石器が発見された
のに続き、同じ層から木製工具も出土したことが明らかにされた。見つかった木製工具
は一部破損してはいるものの、長さ61cm、直径9cm、表面には意図的に彫られたと思
われる明らかな痕跡がみられるほか、内部には灰色がかった緑色の粉末が付着している
という。旧石器時代の木製工具の発見は珍しく、猿人が自己防衛と猟に使用した工具で
はないかと推定されている。
★轟泉(ごうせん)水道(10月10日)−熊本県− 考古学情報 10.13
宇土市にある名水として知られる轟水源の水を市街地に引いた轟泉水道について、同
市教委は初めて発掘調査を実施し、その結果を明らかにした。同水道は、江戸時代前期
の寛文3(1663)年の築造で、現在も同市の上水道との併用を含めて生活用水として利
用されている。発掘調査は都市計画道路の予定地となった神馬町で、16m区間を幅4m、
深さ1.7m掘り下げ実施され、結果、当初敷設された陶管水道と、老朽化に伴って平行
して敷設し直された馬門石製の石管水道の位置関係が初めて確認された。また、水道石
管の連結部分では、ぴったりと合うように凹凸をつけて水漏れ防止の工夫が施されてい
ることなども判明したという。今回の調査では、同水道について全体像の10%くらいし
か解明されず、同市教委では、いずれは科学的な総合調査の実施によって全体像が解明
されれば同水道の文化価値はさらに高まるはずと期待を寄せている。
★伊万里焼、なぞの漂着 珠洲の海岸に破片700個 考古学情報10.13
珠洲市飯田町の写真店経営桝谷秀一さんが先月末、自宅近くの海岸で、江戸時代中期から
明治時代の作とみられる伊万里焼などの陶磁器の破片が大量に流れ着いているのを見つけ
た。破片は既に約700個に上るが、制作された年代、種類が幅広く、漂着の理由は分かっ
ていない。
◎国見町の別宮社で流鏑馬(県選択無形民俗文化財) 合同10.17
走る馬上から矢を的に射る「流鏑馬(やぶさめ)」(県選択無形民俗文化財)が十五日夕、国見町伊美の別宮社で催され、町内外の参拝客三百人が伝統神事を楽しんだ。
江戸時代初期から続くとされる別宮社の秋季大祭行事。伊美七区が持ち回りで開き、ことしの射手は川西区の峯野直樹さん<26>。競走馬のサラブレッドを乗りこなすため、一カ月半前から初体験の乗馬の練習を積んだ。
神幸祭が終わった夕方、境内の楼門前にある長さ百mの馬場に、狩り装束で身を固めた峯野さんが、神馬(しんめ)にまたがり登場。素走りを二回した後、猛スピードで駆ける馬上から三カ所の的を目掛けて矢を放った。二回の挑戦で、一本が見事に命中し、見守っていた参拝客から大きな歓声と拍手が起きた。
疾走する馬上で、手綱を放して扇子を広げたり、紙吹雪をまく妙技も披露した。
◎日出で築城400年・万里没後150年の記念事業 合同10.17
日出城(暘谷城)築城四百年・帆足万里没後百五十年記念事業が二十七、二十八の両日、日出町中央公民館などで開かれる。同事業実行委員会(会長・本田維憲町長)の主催。町内外の博物館や関係者などからの珍しい資料を展示する予定で、実行委員会では「一人でも多くの人に町の歴史や文化に対する興味を深めてもらいたい」と話している。
暘谷城は一六〇一年、豊臣秀吉の正室だったねねのおい、木下延俊が建てた。一八七四年に明治政府の命令で三層の天守閣などは取り壊され、現在では石垣などが残っている。
帆足万里(一七七八〜一八五二)は日出藩家老の家に生まれ、ほとんど日出を出ることなく研さん。経済、物理、医学、天文学などに精通し、三浦梅園、広瀬淡窓とともに「豊後の三賢」として知られている。
展示会では、木下家の甲冑(かっちゅう)、延俊の書状や日記、秀吉やねね(高台院)が延俊にあてた自筆の書状、日出藩主愛用の抹茶茶わん、領内地図、十三代目藩主の写真などが並ぶ。
万里関係分では、万里の印鑑や自筆の書、肖像画、愛用していたオランダのラランデ天文誌など。師事した梅園や脇蘭室、交流のあった淡窓、門下生だった毛利空桑らの関連資料も展示する。
当日は、万里を研究している田本政宏・森高校教諭や、城の建設に携わった石工集団「穴太(あのう)積み」の技術を継承している粟田純司さん(滋賀県大津市)による記念講演、コーラスグループの合唱、俳句大会、史跡ハイキングなどもある
同委員会では「日出町は、城下町として栄え、碩学(せきがく)を生み、文教の町として発展してきた。先人の遺徳をしのび、あすのまちづくりを考えるきっかけになればうれしい」と話している。
問い合わせは町社会教育課(TEL0977・73・3156)。
◎「手野神楽」絶やしません 武蔵町で保存会発会式 合同10.16
武蔵町の無形民俗文化財に指定された手野神楽の保存会発会式が十四日夕、手野地区の公民館であった。
保存会の会員十二人をはじめ、魚返敬之町長ら計二十五人が出席。保存会の平塚武士会長が「文化財指定を機に、今まで以上に練習に励み、一人でも多くの後継者を育て歴史を絶やさないようにしたい」とあいさつ。魚返町長らが祝辞。
祝宴に入り、会員が手野神楽を披露。畳にひざをつき、くるくると素早く回転する「ひざ舞」など独特の舞技を見せて、発会を祝った。
手野神楽は、元禄年間(一六八八|一七〇三)に近くの椿(つばき)八幡神社で創始され、三百年の歴史がある。地区民が手野神楽座をつくり、地区の祭りや町の文化祭などで演じてきた。七月の文化財指定を受けて保存会に改称。後継者育成や舞技の継承に一層努めることにした。
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★全国の発掘報告書を公開 和歌山県文化財センター 考古学情報 10.13
全国の埋蔵文化財や遺跡の発掘調査書報告書を約1万6000冊所蔵する和歌山県文化財セン
ターが、和歌山市岩橋の岩橋整理事務所で、報告書の公開を始めた。公開は月〜金曜の午
前10時〜午後4時半(午前11時45分〜午後1時を除く)で閲覧のみ。無料。コピーは不可。
希望者は事前予約が必要。問い合わせは同事務所(電話:073-471-6758)へ
★「秩父原人」公式に否定 遺跡自体をねつ造と断定 考古学情報 10.13
東北旧石器文化研究所の藤村新一・元副理事長の遺跡発掘ねつ造問題で、約50万年前の
「秩父原人」の生活遺構とされた埼玉県秩父市の小鹿坂遺跡などを検証している県教育
委員会の検討委員会は11日、藤村元副理事長が発掘にかかわった同市内の7遺跡と2ヶ所
の調査地について「遺跡自体がねつ造だった」と断定した。これで「秩父原人」は公式に
も完全に否定されたことになる。県教委は遺跡の登録取り消しを検討する。
★発掘ねつ造 尾花沢市長、賠償請求を検討 考古学情報 10.13
東北旧石器文化研究所(多賀城市、鎌田俊昭理事長)の藤村新一・前副理事長が遺跡その
ものをねつ造したと認めた袖原3遺跡がある尾花沢市の小野紀男市長は10日、記者会見
し「損害賠償を含めて何らかの手段を講じる必要や方法があるのか、調査して対応を検討
したい」と述べ、同研究所に損害賠償を請求する考えがあることを明らかにした。
★ねつ造語る展示撤去 東北歴史博物館 考古学情報 10.13
東北旧石器文化研究所の藤村新一・前副理事長が県内14遺跡などの発掘ねつ造も認めたこ
とを受け、東北歴史博物館(多賀城市)は10日、前・中期の旧石器展示物をすべて撤去し
た。
★ねつ造問題 調査関係者へ聞き取り調査/群馬県 考古学情報 10.13
日本考古学協会員から聞き取り調査ねつ造判明で県教委 東北旧石器文化研究所の前副理
事長による旧石器ねつ造問題で、県教委は9日、ねつ造が判明した県内3カ所の遺跡を前
副理事長と調査を行った前橋市の日本考古学協会員、関矢晃さんから聞き取り調査を行う
方針を決めた。
★高森、馬場壇Aの両遺跡、宮城県独自検証を実施 考古学情報 10.13
東北旧石器文化研究所の前副理事長による旧石器発掘ねつ造問題で、浅野史郎知事は9日、
前副理事長がねつ造を新たに認めた高森(同県築館町)、馬場壇A(古川市)の両遺跡の
再検証を、県独自で行う方針を示した。
★瓢箪穴遺跡、検証組織設立へ/岩手県教委発表 考古学情報 10.13
岩泉町の洞穴遺跡「瓢箪(ひょうたん)穴遺跡」で東北旧石器文化研究所の藤村新一・前
副理事長が石器1点のねつ造を認めた問題で県教委は9日、地元の岩泉町や岩手考古学会と
検証のための組織設立に向けた協議に入ると発表した
◎角牟礼城跡(玖珠町)の「国の史跡」指定目指す合同10.12
玖珠町は町内森の三島公園そばの角埋山に残る、中世の山城跡「角牟礼城(つのむれじょう)跡」の地籍調査を進めている。国の文化財「史跡」指定を受けるのが目的。現地一帯関係書類が整えば、来年度に文部科学省に申請する。
角牟礼城は「豊後国志」によると、一一五四|五六年の久寿年間に築城された記述が残っている。大友時代は玖珠郡衆が共同管理する城(番城)になり、薩摩・島津勢の侵攻を退けた要害堅固の城として名をはせた。
豊臣時代になって豊後のかなめの城から領国支配のための近世城郭へと変わった。一六○○(慶長五)年の来島康親の入部後は放置され、城としての歴史を閉じた。
一九九三年に町教委が本格的な発掘調査を開始。山頂部に現存する石垣は、安土城にも使われ中世の山城の特徴である穴太(あのう)積みの技法が用いられていた。建物の礎石や掘り出されたかわらから大手門の跡なども分かった。
これらの遺構は、中世末期から近世初期の城郭の構造を解明する貴重な資料として注目された。九五年、城郭・シンポジウム「よみがえる角牟礼城跡」が同町で開かれた。
こうしたことで角牟礼城跡に向ける地元の関心が高まり、森地区の町並みづくりに城跡を役立てようという動きにも発展。町はその一環として国指定史跡の実現を目指すことになった。
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★出雲国府跡(10月9日)−島根県− 考古学情報 10.10
松江市にある出雲国府跡(同市大草町)の発掘調査を進めている島根県教育庁埋蔵文化財調査センターは、昨年度に続き大型の礎石建物跡や祭祀遺構が新たに発見されたことを明らかにした。見つかった大型礎石建物跡は、東西12.8m、南北5.6mの2×5間の建物跡で、周囲には掘立柱による庇がつけられ、昨年度発見の礎石建物跡と規模、構造が類似することから関連が深いものとみられている。礎石の下からは直径約40cmの柱根も出土しており、掘立柱建物から礎石建物への建て替えも判明したという。一方、祭祀遺構は井戸の底に礫を敷き、鹿の頭骨・刀形の形代・かご・土器・曲げ物(木製の容器)などが置かれ、遺物などから8世紀後半のものと考えられ、獣骨を用いた祭祀遺構としては最古級のものと見られている。また、祭祀遺構では木簡4点、墨書土器5点も発見されており、これらの今後の検討によりこの付近の建物跡の性格が明らかにできる可能性があると期待が寄せられている。
★薩摩街道「佐敷太郎」の石畳を確認(10月9日)−熊本県−
芦北郡田浦町で昭和57年の大水害の際に失われたものと見られていた旧薩摩街道の山道(通称・佐敷太郎)の石畳が一部が、同町の調査によって19年ぶりに確認されたことが明らかにされた。同街道は同町赤松から滝の上まで南北約8kmを、国道3号にほぼ並行して同町内を縦断し、明治38年の旧国道3号が完成するまで人々に利用されていた。今回見つかった場所は、芦北町境の峠に近い、標高約400mの谷沿いの杉林の中からで、幅1.8m、長さ約20mにわたり直径約30cmほどの石が敷き詰められ、ほぼ原形をとどめているという。 考古学情報 10.10
★佐野城跡の南側土塁 市が無断で掘削
考古学情報10.10
佐野市が進める「佐野駅自由通路・橋上駅化整備事業」で、市指定史跡「佐野城跡」の南側土塁が無許可で掘削されていたことがわかり、市民団体の「佐野駅舎と佐野城跡を守る会」は5日、市長職務代理者の黛光助役に対し、「無法非道な行為」として抗議を申し入れた。同市側はミスを認めて謝罪、市教委の勧告に基づき復元に伴う遺構の発掘調査後、原状回復することになった。
★「殷墟保護管理方法」を制定、殷の遺跡を保護 考古学情報10.10
河南省第9期人民代表大会・常務委員会第24回会議で、「河南省安陽の殷墟保護管理条例」が可決された。有名な甲骨文が出土した安陽の殷の遺跡は、1961年に国務院によって全国重点保護文化財の第1グループとして発表されている。
★「42遺跡ねつ造」と公表=考古学協会が盛岡の大会で−藤村氏が協会へ告白
東北旧石器文化研究所の藤村新一元副理事長による旧石器ねつ造問題で、この問題を調べている日本考古学協会特別委員会は、同協会盛岡大会2日目の7日午後、戸沢委員長が藤村氏との面談結果などを報告。この中で、同氏がねつ造を認めた遺跡は、7道県の計42遺跡に上っていることが明らかにされた.考古学情報 10.10
◎奥平藩ゆかりのひな人形 中津市に寄贈
10月6日 合同
中津奥平藩の第六代藩主・奥平昌暢の妻(正室)だった芳蓮院(国子姫)が、徳川一橋家から嫁ぐ際に持ってきたと伝えられるひな人形(一対二体)などが四日、中津市に贈られた。市は来年二月、城下町中津のひな祭りに合わせ、市歴史民俗資料館で一般公開する。
寄贈したのは、北海道札幌市中央区の佐藤豊恵さん<71>。この日、豊恵さんの義弟佐藤高久さん<66>=兵庫県姫路市的形町、会社顧問=らが市役所に鈴木一郎市長を訪ね、目録を添えてひな人形などを贈った。
佐藤さん方は中津藩士の家系。九代当主の虎鹿(ころく)は一八六八(明治元)年から、芳蓮院の御用を務めた。廃藩置県に伴い、一八七二年に奥平家が東京に移る際には、一切の世話をした―という。この間、芳蓮院から短刀や文机を拝領しており、ひな人形もこの前後に贈られたらしい。
人形は、公家の装束を有職(ゆうそく)故実に基づいて作った「有職びな」。男びなは高さ三三・五cmで、淡い緑色の装束。女びなは二七cmで、ややピンクがかったふじ色。道具類は計三十六点。漆塗りの杯やわんの保存状態は良好で、徳川家や奥平家の家紋も鮮やか。文机も一緒に贈られた。
虎鹿のひ孫に当たる高久さんは「人形は札幌の実家で毎年、桃の節句に飾っていた。大事にしていた母が他界し、兄嫁(豊恵さん)へと引き継がれたが、保存は大変。中津市で多くの人に見てもらい、しっかり保存してもらうのが良いと判断した」と話していた。
●臼杵市で武家屋敷の正門活用の「茶房」オープン 10月5日 合同
歴史的な町並みの景観にこだわった店舗が相次いでオープンしている臼杵市中心部に五日、江戸時代の武家屋敷の正門を生かした「茶房 長屋門」(足立悦子店主)が開店する。 「茶房 長屋門」は市内二王座の歴史の道に面し、江戸時代に実際に使われていた両開きの二枚扉を修復して使用している。当時の木材を可能な限り使った土蔵風の店内や臼杵湾を模した日本庭園など、くつろぎの空間となっている。 日本の古き良き町並みや心を残そうという狙い。行政主導ではなく民間が積極的に町づくりに携わることで、町並み保存の輪が広がってほしいという思いも込められている。 コーヒーやジュース、アルコール類を提供するが「注文せず、庭を見て休憩するだけでも構いません」とのこと。庭から市観光情報協会の「ふれあい情報センター」へ通り抜けることもできるので、市内観光の新たな拠点にもなりそう。 午前十一時から午後九時まで。問い合わせは同店(TEL0972・63・5985)へ。
★米子で山陰遺跡ネット設立総会
10月4日 考古学通信
島根、鳥取両県で遺跡のガイドや啓発に取り組む市民グループ12団体が、山陰遺跡ネットワーク会議を結成し30日、米子市の米子コンベンションセンターで設立総会があった。情報を交換し合い、広い視野で歴史遺産を活用していくことを確認した。総会には両県から80人が出席。代表に妻木晩田遺跡保存の立役者で、ネットワーク結成呼び掛け人の
佐古和枝関西外語大助教授(米子市出身)を決めた。
大文協2001(平成13)年度総会 「未来へつなぐ遺跡の保存」
時;7月1日(日曜日)
ところ;大分市アートプラザ(旧県立図書館)
記念講演 「自然と遺跡と人間」 講師;佐古和枝氏 
〜佐古和江氏のプロフィール〜
鳥取県米子市生まれ。現在関西外語大助教授 日本考古学専攻
「むきばんだ応援団副団長」など歴任され、市民の方々と連携した文化財保存運動でも著名。主な
著書『考古学は楽し い・シリーズ全3巻』『吉野ヶ里ー繁栄した弥生都市』 『ようこそ考古学の世界へ』
★文化財保存協議会が女性グループなどを表彰 考古学情報 5.29
「史跡保存整備の実態と課題」をテーマに、第32回文化財保存全国協議会佐賀大会が27日、
佐賀市の市民会館ホールで開かれ、妻木晩田遺跡(鳥取県大山町、淀江町)の保存に尽力し
た佐古和枝関西外語大助教授と、田和山遺跡(松江市)の「田和山を見る女性たちの会」
「田和山文化財訴訟弁護団」へ和島誠一賞が贈られた。
報告;「文化財の保存と活用」 安国寺集落遺跡

講師 金田信子 国東町歴史体験学習館館長
安国寺集落遺跡公園(下の写真を見てください)の責任者であり、同公園の弥生時代の建物の復元などにとりくまれました。同公園はいろいろな歴史体験を楽しめる公園として人気が高まっています。
★遺跡保護に問題ない 式典出席で文化庁長官/奈良県立万葉文化館開館 9月19日
奈良県立万葉文化館の開館記念式典に出席するため来県した佐々木正峰文化庁長官は14日、橿原市畝傍町の県立橿原考古学研究所で県内の文化担当記者と懇談した。佐々木長官は、同館の建設が「遺跡破壊につながる」と考古学関係団体から指摘を受けていたことについ
て「万全の措置がとられており、遺跡の保護に問題はなかった」との見解を示した。考古学通信
★故相沢忠洋さんの胸像 除幕式 笠懸
9月19日考古学通信
岩宿遺跡(笠懸町阿左美)を発見した考古学研究家、故・相沢忠洋さんの功績をたたえた
胸像の除幕式が16日、同遺跡北側で開かれた。関係者など150人が出席、胸像の設置を祝
うとともに、古代のロマンを追いかけた相沢さんをしのんだ。
★中門と回廊の一部を復元・国史跡「三河国分尼寺跡」
9月14日 考古学通信
豊川市教育委員会が、同市八幡町の国史跡「三河国分尼寺跡」に中門と回廊の一部を復元
する。1999(平成11)年から続く同寺跡の保存整備事業の1つで、建物の復元は初めて。
最終的には、2004年を目標に、歴史を体感できる史跡公園を造り上げる。
★村内の出土品を村に/阿智村が保管移動を県に申請(長野県) 9月14日 考古学通信阿智村が、同村内の遺跡で県が発掘した出土品を、現在の保管場所である飯田市考古資料
館から同村内に移す「保管場所の移動申請」を県に出していることが、分かった。県は前
向きに検討しており、早ければ来週にも結論を出す予定。同村は許可され次第、移動作業
をしたい考えで、将来には関連出土品を集めた「東山道資料館」設置の声も挙がっている。
★前中期石器時代の飯田竹中原遺跡で初検討委/長野県 9月10日 考古学通信
前・中期旧石器時代のものと見られる石器群が出土した飯田市の竹佐中原遺跡について今
後の発掘調査を指導する「調査指導委員会」の初会合が7日、同市内で開かれた。前・中期
旧石器遺跡の調査は、ねつ造問題が発覚してから全国でも初めてとなるため、県埋蔵文化
財センターが「調査を慎重かつオープンに行う」ためとして委員会を設置した。メンバー
は地質学や考古学の専門家5人。
★紅葉山遺跡 現地保存の意向を表明 石狩市長 9月10日 考古学通信
石狩市の田岡克介市長は六日、市役所で記者会見し、縄文時代中期(約4000年前)の河川
跡から貴重な出土が相次いでいる市花川608の紅葉山49号遺跡について「当時の生活をほ
うふつとさせる貴重な遺跡で、保存第一だ」と述べ、遺跡を現地保存する考えを表明した。
★三ケ日人は縄文人か 旧石器時代否定の測定結果 9月7日 考古学通信
静岡県三ケ日町で発見され「三ケ日人」の名で旧石器時代人とされてきた人骨が、縄文時
代のものである可能性が強まった。近く刊行される日本人類学会の論文誌「Anthro
pological Science」で発表される。「旧石器時代人」と言われる古人
骨は、日本国内の十数カ所で発見されているが、先ごろ否定された栃木県の葛生人に次い
で、三ケ日人にもダメが出たことで、沖縄を除けば、旧石器時代のものである可能性が残
る人骨は浜北人(静岡県)だけになりそうだ。
★「窯ケ根古窯跡」穴だらけに/岐阜県 9月7日 考古学通信
土岐市泉町久尻に残る江戸時代前期の古窯跡「窯ケ根古窯跡」が、盗掘により破壊され、
穴だらけの状態になっている。同窯跡には、織部、御深井(おふけ)など、骨とう価値の
高い陶磁器の遺物が残っている。現場は窯本体も崩され、至る所穴だらけの状態。同窯跡
の隣にある清安寺古窯跡(江戸時代前期)や、曽木町に残る郷ノ木古窯跡(安土桃山時代)
も同様に壊滅状態だという。
★市民団体が田和山遺跡でトンネル工法を申し入れ/松江市
8月31日 考古学通信
国史跡に指定された田和山遺跡(松江市乃白町)の保存運動に取り組んだ市民団体の代表
が28日、新市立病院の進入路建設に伴う発掘調査の現地説明会開催や、進入路は開削でなくトンネル工法にするよう市教委に申し入れた。
★三内丸山遺跡めぐり議論 「照明灯必要?」
8月25日 考古学通信
三内丸山遺跡の園内に、高さ約3mの照明灯は必要か?。遺跡の整備に合わせ、「安全管
理上必要」として数十本の照明灯を設置したいとする青森県に対し、専門家らが「縄文の
景観を壊す照明灯には反対だ」と反発している。現在は出入り口付近に数本あるだけの照
明灯を、県は、遺跡の園内にまで範囲を拡大して設置したい考えだという。
★都城市の地下式横穴墓(8月23日)−宮崎県− 8月25日 考古学通信
都城市下水流町で古墳時代後半(5〜6世紀)の地下式横穴墓が発見され、同市教委の発
掘調査によって、若い女性とみられる人骨1体と副葬品の鉄剣(長さ86cm)1点、土師器
4点が出土したことを明らかにした。地下式横穴墓は、竪穴の横に遺体を安置する空間を
掘り、竪穴だけを埋め戻す南九州独特の埋葬法である。今回、出土した人骨は身長140〜
145cmの当時としてもかなり小柄な女性で、20代後半とみられ、顔面には朱が塗られて
いた。また、同じく出土した大きな鉄剣は、実際に被葬者が使用していたものではなく、
この女性の親か親族が魔よけのために副葬したものと見られている。近くには畿内の影響
を受けた前方後円墳もあり、同市教委では、独自の文化を持つ古墳時代の南九州人と畿内
人とが共存し、一帯に多様な文化を形成していたのではないかとみている。
★津島遺跡(岡山)保護強化を 検討委が「総合評価」/国史跡追加指定も視野 8月31日岡山県総合グラウンド(岡山市いずみ町)一帯に広がる津島遺跡の保護・保存の在り方を審議する県教委の津島遺跡検討委員会が29日、岡山市内で開かれ、同遺跡の「総合評価」をまとめた。縄文時代後期から近代に至る複合遺跡として歴史的重要性を強調した上で国史跡区域の追加指定も視野に入れるなど、保護を強めていくよう求めている。考古学通信
★復元した8世紀後半の「炉」 小学生ら製鉄体験/長野県 8月31日
野外教育センター(事務局・飯田市)は、8世紀後半の製鉄炉を復元し、製鉄を子どもたちが体験するキャンプを28日、浪合村の「伊那谷こども村」で開いた。関東や中部地方の小学生7人が参加。作業は大学教授や専門家でつくる製鉄研究グループ「Eフォーラム」が主体となり、子どもたちを指導した。復元したのは福島県で発掘された長瀞3号製鉄炉(高さ約1.8m、直径約60cm)。 考古学通信
◎木造阿弥陀如来立像 40年ぶりに里帰り
8月30日 合同
「お帰りなさい、ふるさとへ」―。豊後高田市は四年前に埼玉県内の宗教法人から買い戻し、宇佐市の県立宇佐風土記の丘歴史民俗資料館に保管していた木造阿弥陀(あみだ)如来立像(国指定重要文化財)の展示・収蔵施設を建設する。場所は、以前所蔵していた天念寺(豊後高田市長岩屋)周辺を予定。九月七日開会の市議会定例会に同施設の設計委託料(七百七十五万円)を提案する。
立像は高さ一九八cm、榧(かや)材の一木造りで、制作は平安時代末期の十二世紀ごろといわれる。他の五体の仏像とともに一九〇六(明治三十九)年、国宝となり、文化財保護法が制定された五〇年に国の重要文化財に指定された。
売却されたのは六〇年。その二十年前の大水害で流された同寺本堂の再建資金を得るためで、中心の立像が抜けた後、残った五体は県の有形文化財に。九七年、同市が九千万円(県が半額補助)で立像を買い戻した。
展示・収蔵施設は、市が天念寺を拠点に観光振興を図ろうと計画している天念寺周辺整備事業の中で建設。施設には立像と他の五体の展示・収蔵室のほか、地元の農産物直売コーナーや軽食用スペースなども設ける。来年度末までに完成させる予定。
立像にとっては約四十年ぶりの帰郷となり、同市は「立像をメーンに整備して観光客誘致につなげたい」と話している。
◎1日に「中世大友府内町遺跡」で現地説明会
8月30日 合同
県教委と大分市教委は一日午前九時半から正午まで、「中世大友府内町遺跡」(大分市錦町、元町など)で現地説明会を開く。大友館跡周辺の町屋や道路などで、宗麟と宣教師フランシスコ・ザビエルらが活躍した四百年以上前の国際貿易都市・府内を体感できる。多くの県民の参加を歓迎している。
場所は国史跡「大友館跡」(同市顕徳町)の東側一帯。豪商が住んだとされる「桜町」跡からは礎石建物跡や安産のお守りとされる犬の土製品、はかりの分銅などが出土した。別の場所からはキリスト教護符「メダイ」やロザリオの珠(たま=コンタ)も。日本に初めてキリスト教を伝えたザビエルは一五五一年に府内を訪問。館東側からは道路・木戸跡も見つかり、ザビエルが通った道路と考えられる。
駐車場は九州乳業跡地。なるべく公共交通機関の利用を。当日は午後一時十分から、市コンパルホールで「中世大友再発見フォーラム」も開かれる。
◎耶馬渓町宮園の雲八幡宮で薪能
8月29日 合同
耶馬渓・雲の森コンサートが二十七日夜、耶馬渓町宮園の雲八幡宮で開かれた。十回目を記念する特別企画として、観世流二十六世の観世清和宗家が出演。千年杉がそびえる境内で、耶馬渓薪能が幽玄に演じられた。
耶馬渓・雲の森コンサート百人委員会の主催。観世清和宗家をはじめとする能楽伝承プロジェクト「花の会」の協力で実現した。県内では十六年ぶりという、宗家の本格的な薪能を鑑賞しようと、県内外から大勢の人たちが集まった。
厳かな火入れ式で開演。かがり火のオレンジ色の炎が舞台を幻想的に照らし出す中、番組は仕舞、舞囃子(まいばやし)、狂言と続き、源氏物語から作られた能「葵上(あおいのうえ)」でクライマックスに。
笛や小鼓などのはやしと謡の音が初秋の宵やみに静かに響きわたる中、般若の面を付けた観世清和宗家が登場。光源氏への思慕と葵上へのしっとで悪霊となった六条御息所を鬼気迫る勢いで気高く演じると、客席から、ため息が漏れた。
○県立先哲史料館で「大友府内特別展」始まる
8月23日 合同
県立先哲史料館の本年度特別展「大友府内〜よみがえる中世国際都市」が二十三日から、大分市駄原の同史料館で始まった。同市の「中世大友再発見フォーラム」など大友館跡の国史跡指定記念事業と文部科学省「親しむ博物館づくり事業」の一環。十月六日まで。入場無料。
「よみがえる中世の府内」「町衆たちの十六世紀」「アジア的国際色の時代」の三つのコーナーに分け、近年の発掘調査で出土した遺物と古文書を展示。次第に明らかになってきた四百年以上も前の豊後府内(大分市)の様子を復元・紹介する。
中世の府内町遺跡から出土した東南アジアなどからの輸入陶磁器は、当時の国際色豊かな様子を浮かばせる。大規模な大友館と府内町から出土する数々の品々は、九州の雄として名をはせた大友宗麟と府内の繁栄ぶりを浮き彫りにしている。古文書と合わせた中世府内町の復元は、当時の様子を生き生きと伝えている。
大友時代の府内祇園会は京都祇園に見るように、大規模で華々しかった。近世も規模は縮小しながらも継続したが、明治に入って途絶えた。現在は当時の様子をわずかに残す山車(だし)の木製車輪が伝えるのみ。特別展ではこれらも展示している。
★発掘調査に公募の市民参加 国指定の田名向原遺跡(神奈川県) 8月22日考古学通信国指定史跡で後期旧石器時代の遺構「田名向原遺跡」(相模原市田名)の発掘調査が16日までに始まり、公募による市民調査員が活躍している。これまで発掘作業には、研究者や専門家のみが従事、市民がかかわる余地はなかったが、昨年11月に発覚した石器発掘のねつ造問題を受け、相模原市教委が調査の透明性を高めるため、県内で初めて導入した。一定の知識、訓練を受けた市民を養成して受け入れるもので、全国でも珍しい取り組み、という。
○「皇太子の松」って本当 大正天皇お手植え? 8月22日 合同
大分市高砂町の国道197号沿いにある一本の大きな松の木。以前は通行を妨げる迷惑な存在だったが、切り倒されずに残ったのはなぜ?。周りが鎖で囲まれ、何やらいわくありげ。道路を管理する県大分土木事務所によると、「大正天皇が皇太子時代にお手植えした」という話が地元に残っており、切るに切れない存在らしい。
松が植えられているのは、大分全日空ホテルオアシスタワーの南側にある駐車場前の歩道部分。以前は歩道の幅が二mしかなく、真ん中に松があったため歩行者、自転車にとって大きな“障害物”だった。
県大分土木事務所は伐採や移転を計画。三年前、地元に話を持ち掛けたところ、“由緒ある松”という話が浮上した。
同事務所によると、明治四十年、大正天皇が皇太子時代に大分県行啓をしている。十一月五|七日までの三日間で、滞在場所は旧県庁舎のあった府内城址内の旅館。滞在最終日に旅館の庭で松のお手植えがあった。
同市高砂町にその松が移植されたという記録は残っていない。しかし、同市中央町自治会長・牧豊彦さん<77>の母カツさん(故人)の「皇族にまつわる松」という証言がある。カツさんは子どものころ松の近くでよく遊んでおり、生前、「以前は鎖で囲まれ『皇太子の松』という立て札があった」と話していたという。
同事務所は行啓の資料とカツさんの話から、大正天皇に関係した松の可能性が高いと判断。移植も検討したが適当な場所もなく、枯らす可能性もあり、九九年度に駐車場の土地を買収して歩道を拡幅し、周りを鎖で囲っている。
同事務所は「大正天皇の松かどうかは確認できないが、由緒ある松という話があった。皇族に関係するとすれば切りづらい面があり、緑の保全からも切れない状況だっただろう」と話している。
○田園を染める1万3000本の炎
8月15日 合同
緒方町の夏の夜を、一万三千本のたいまつで染める小松明(こだい)火祭り(大分合同新聞後援)が十四日夜、緒方平野一帯で催された。水田沿いに立てられた小松明は次第に線となり、見物に訪れる車のヘッドライトと重なって、幻想的な世界をつくり出した。
祭りは水田の害虫退治と農民一揆(き)の犠牲者供養のため、二百四十年ほど前に始まったとされる。
午後八時前、小松明に火がともると、炎はさわやかな風に揺れ、田園風景を浮かび上がらせた。
十五日までライトアップしている「原尻の滝」には大勢の人が詰め掛け、オカリナやピアノのコンサートを満喫。祭りを引き立てる恒例の「炎の造形コンテスト」には、町内各地区の十団体が参加し、城や石橋をかたどった小野地区かなめ会が最優秀賞に選ばれた。
◎旧陸軍戦車部隊の施設を確認(8月18日)−兵庫県− 8月22日考古学通信
小野市にある国立療養所青野原病院の敷地内にある職員宿舎や病室などに使われた建
物が、同市の調査によって旧陸軍の戦車第六連隊の将校集会所や戦車格納庫などの建物
であることが明らかにされた。同病院発行の療養所年史で見つかった第六連隊の建物4棟
の写真や地図を手掛かりに、同市が現地調査を実施し、その結果、病院本館から南約100
mの雑木林内にある建物が将校集会所であることが判明し、本館の北東約60mの建物が
戦車格納庫、西約30mにある2棟が兵舎であることが確認された。戦車第六連隊は1940年
創設とされ、マレー半島やシンガポール攻撃に参加した主要な戦車部隊であり、同市で
は戦時中のトップシークレットだった戦車隊の実態を知る貴重な遺構だと注目している。
★田和山遺跡、国史跡に/島根県 8月17日考古学通信
文化庁は、松江市乃白町の「田和山遺跡」(弥生時代)を13日付で正式に国史跡に指定し
た。
丘陵に三重の環濠が巡る全国的に珍しい遺跡。住居を囲む通常の環濠遺跡と違い、
山頂で祭りに使ったと見られる建物跡だけが出土、遺跡の性格はまだよく分かっていない。
市立病院の移転計画地で1997年に発掘され、調査後に壊される予定だったが、保存運動の高まりで昨年9月、市は病院を隣に移すほぼ全面的な保存へと方針を変更している。
★事前協議せず着工 下仁田・中小坂鉄山跡/群馬県 8月17日考古学通信
近代化遺産として知られる下仁田町の中小坂鉄山・製鉄所跡で、文化財保護のための事前
協議が行われないまま県主体の砂防工事が着工されたことが、13日分かった。その後、工
事用地内で製鉄所関連とみられる遺構が見つかり、一時工事を中断して資料保存のための
調査と試掘を行い、この遺構は残った。貴重な遺構が損壊される可能性もあっただけに、
今後の文化財保護の在り方に一石を投じそうだ。
★学芸員らが相談室/ふるさと考古歴史館
/鹿児島県 8月10日 考古学通信
鹿児島市のふるさと考古歴史館は夏休み期間中、自由研究のテーマに郷土の歴史、考古学を考えている小中学生のために「こどもふるさと古代学習展」を開催、学芸員らによる相
談室も設置し、研究のヒントやアドバイスを与えている。「古代学習展」は、鹿児島で出
土した土器や石器などを展示。縄文時代から南北朝時代まで8つのテーマでイラストや写
真を交え、分かりやすく説明している。「古代学習展」、相談室とも無料だが、常設展示
見学は有料。月曜日休館。ふるさと考古歴史館
電話:099(266)0696。
★七尾・三室町で出土した丸木船を永久保存−市教委、一般公開へ
8月13日考古学通信
七尾市三室町のLPG(液化石油ガス)国家備蓄基地建設予定地から、県内では初めてほ
ぼ完全な形で出土した古墳時代後半以前のものとみられる丸木船について同市教委は、船
に樹脂加工を施して永久保存し、一般公開することを決めた。
★青谷上寺地遺跡展示館オープン
/鳥取県 8月13日 考古学通信
弥生人の脳など全国的に貴重な出土が相次ぎ、「弥生の博物館」と称される青谷上寺地遺
跡の展示館が11日、同遺跡にほど近い青谷町青谷、JR青谷駅近くにオープンした。脳の
断片や殺傷痕のある人骨、弥生時代では国内最大級のスギの大板、編みかごなど約270点
を展示している。入館無料。開館は午前9時〜午後5時(入館4時半まで)で、月曜休館。
土、日、祝日は展示解説がある。
★奈良県、中心遺構を保存
図書館予定地奈良期貴族邸 8月13日考古学通信
奈良市大安寺西の県立図書館建設予定地で奈良時代(8世紀)の大型建物跡が出土、研究者らが遺構の保存を求めていた問題で、県生涯学習課は9日までに、図書館を設置する位置を
実施設計段階で予定より南に13m移し、大型建物跡などの中心遺構を保存することを決め
た。同課は「図書館のあり方を遺跡の活用も視野に入れて検討する」としている。
○あなたの石仏彫りませんか 国見町観光プラン
8月11日 合同
仏の里・国東半島らしい滞在型観光を推進しようと、国見町観光協会(中田博之会長)は、石仏彫りが体験できる観光プランを企画した。町内千灯で十日、関係者らがPRセレモニーを開いた。
石仏彫りは、町内千灯の仏師佐藤順教さん<59>が指導。体験に参加した人は、高さ五十cmほどの凝灰岩(ぎょうかいがん)に自らデザインした仏像を彫る。出来上がった仏像は、六郷満山を開いた仁聞(にんもん)菩薩が入寂した地とされる近くの不動山に安置して、供養する。
彫るペースは自由だが、早い人は三日で完成。一体三万円程度でできるという。
セレモニーには、中田会長、金山尚学町長、松本軍治町議会議長、丸山博之県東国東地方振興局長ら約二十人が出席。佐藤さんが事前に粗彫りした高さ二mの薬師如来石像を、出席者がのみやよき(小さなおの)を使って仕上げた。薬師如来は、不動山の安置所の中心に据える。
中田会長は「仏の里にふさわしい個性的な体験型観光で、観光客が増えればと発案した。それぞれの思いを込めた仏像を楽しく彫ってもらいたい」と話している。
問い合わせは、町観光協会(町商工観光課内TEL0978・82・1117)へ。
◎日本最古の人骨発見?(8月9日)−千葉県− 8月10日 考古学通信
多古町にある20万年前の地層・多古層から、旧石器時代のものと見られる人骨の化石が50点以上も出土したことを、発掘調査を実施した多古層産化石研究会が明らかにした。出土した人骨化石は、歯や下あご、ろっ骨、足首などで、同町染井の丘陵地帯の多古層と呼ばれる、密集した貝の化石を含む20万年前の地層から見つかった。しかし、その後の調査で、人骨の周囲の土壌は、多古層が削られたくぼみに、新たに小石などがたい積したものであることがわかり、総合的に判断した結果、少なくとも2万年以上前のもので日本最古の人骨である可能性の高いことが判明した。今後は、放射性炭素を使った人骨の年代測定などによって、さらに分析が進められる予定だという。
★「遺跡学」学会設立へ 奈文研準備進める
8月6日 考古学通信
遺跡の保存と活用のあり方を学問的に研究する「遺跡学」の学会をつくろうと、奈良文化財
研究所が準備を進めている。「遺跡学」は遺跡の整備と復元のあり方を再考し、実際に役立
てる学問で、数年後には学会をつくりたいという。
★茅野市が国史跡「駒形遺跡」の公有地化着手へ/長野県
8月6日 考古学通信
茅野市は今年度から、国史跡に指定されている駒形遺跡(同市北大塩)の公有地化に着手す
る。同遺跡は霧ケ峰で産出した黒曜石の搬出、製作拠点の集落とされる縄文時代の重要遺跡。史跡指定されている現在の田畑約2万8000平方mを対象に、年次計画で買い上げ、将来は史跡公園にする構想だ。
☆佐賀関の海岸を守った神崎期成会が「田尻賞」受賞
8月2日 合同
佐賀関町の「大分新産都八号埋立地絶対反対神崎期成会」(稲生亨事務局長)がこのほど、環境保全活動に尽力した団体に贈られる田尻賞を受賞した。二十数年前、町内の神崎海岸を埋め立てから守った活動がここにきて高く評価された。同賞の受賞は県内で初めて。
田尻賞は、元海上保安官で、「公害Gメン」として知られた故田尻宗昭さんにちなんで設立。全国各地で公害反対運動や環境保全活動に取り組む個人や団体を表彰しており、今年で十回目。
同期成会は一九七〇年ごろから活動。大分市を中心に別府湾を埋め立てる計画のうち、八号地と呼ばれる佐賀関町神崎海岸の埋め立てに反対。陳情などの運動を粘り強く展開した。県の計画中断や再開などを経て、八一年に事実上の計画中止が決まった。開発から守られた神崎海岸は、八五年から住民が運営する海水浴場になっている。
同期成会は、計画の再燃を警戒して解散はしていないが、現在は活動を休止している。稲生さんは、同期成会の事務局長として運動の中心的な役割を担い、七五年には埋め立て反対の声を上げるため町議に立候補。現在は議長を務めている。
稲生さんは「運動に携わった人全員の代表として、賞を受け取ってきた。環境問題への意識が高くなった今、当時の運動の意義が広く認められたと思う。新産業都市建設促進法などの廃止法案が成立した今、県は当時の計画のあり方など、全体の総括をすべきではないか」と話している。
◎発掘を通じて地域と交流 情報科学高校の生徒会
7月25日合同
情報科学高校の生徒会役員らが二十四日、日本最古の建築部材が出土した大分市横尾の横尾遺跡で、ボランティアとして発掘調査を手伝った。自然や歴史を見直し、地域の人たちとの交流が目的で、初めての試み。
会長の木原陽介君(三年)ら役員と執行委員の計七人、生徒会顧問の財津真代教諭が参加した。この日は市教委が遺構の写真撮影のため、土層断面をきれいにしたり、周辺の水や泥をかき出す清掃作業。猛暑の中、生徒たちは泥と汗にまみれながら市教委の作業を手伝った。
木原君らは午前中いっぱいの作業。「何千年も前の遺跡が高校に近い地元にあるなんて驚いた。これまで、募金などのボランティア活動はしてきたが、歴史に目を向けたのは初めて。これをきっかけに、地域に出て、いろんな活動と交流をしていきたい」と話している。
同生徒会の前期のテーマは「革命的生徒会」。本年度から執行部体制を見直し、従来の役員五人のほか、執行委員八人を選出。計十三人で生徒会活動をリードしている。活動では、すぐ近くにビッグ・アイができるなど、里山の自然と周辺の環境が大きく変わったことから、地域の自然や歴史に目を向けたという。
自ら発掘体験に参加した顧問の財津教諭は「より多くの生徒たちが地域に出て、活動と交流の輪が広がってくれればうれしい。そうすることで、生徒たちも大きく成長する」と期待している。
◎臼杵に新名所 石仏前に2千年前のハス開花
7月25日 合同
臼杵市深田の国宝・臼杵石仏前の水田で、ハスが開花を始めた。臼杵石仏火まつりのある八月末まで見ごろが続く。昨年からハス栽培に挑戦している市内のボランティアグループは、七月になって観光振興を願う看板を設置。一方、市が今年になって地元に管理を委託したハス畑では、古代ハスが初めて開花した。官民挙げてつくる“ピンクのじゅうたん”は、臼杵の新たな名所になりそうだ。
ハス畑は市内の花と観光振興を考えるボランティアグループ「花いちえ」(岡松真理子代表)が「石仏にはハスがぴったり。花を通じて観光振興をするとともに減反政策の一助となれば」と昨年、開設した。広さは二十アール。地元深田地区が田を貸したり、草取りをするなど熱心に協力している。ハスのシーズンを迎え、ハス畑の入り口に看板を立てた。「石仏と蓮華(ハス)とあなたとの出合いを願って植えました」と書かれている。
一方、市も今年になって、隣接する水田にハス畑を確保。同グループから譲り受けたハスと、茨城県古河市から譲り受けた古代ハスを植えた。そして十九日に古代ハスが初めて開花した。
古代ハスは一九五一(昭和二十六)年に植物学者の故大賀一郎博士が、千葉市の二千年前の縄文遺跡から三粒を採取、世界最古のハスと認定を受けた「大賀ハス」。淡桃色で通常の花よりやや大きい。初めは三株だったが今では三アールほどに増えており、関係者は「来年は二十アール、四十アールと増やして石仏観光の振興に役立てたい」と話している。
★発掘調査ネット公開 大阪大考古学研究室がリアルタイムで 7月21日 考古学通信大阪大学考古学研究室が、21日から兵庫県川西市火打2の勝福寺古墳で実施する発掘調査を、インターネットで毎日公開することになった。日本で初めての取り組みで、世界的にもほとんど例がない。「旧石器遺跡ねつ造」問題で、考古学界や発掘調査の閉鎖性を批判されたのを受け、調査の透明性を高めようというねらいだ
◎関埼灯台百周年式典 7月20日 合同
佐賀関町関崎半島の突端に位置する関埼灯台が二十日で、初点灯から百周年を迎える。長く海上交通の安全を守り、町のシンボルとなっている灯台をねぎらおうと、第七管区海上保安本部大分航路標識事務所と町は十九日、記念の式典や絵画・写真コンクールの表彰式を催し、節目の年を盛大に祝った。
関埼灯台は一九〇一(明治三十四)年七月二十日に初点灯した、県内で最も歴史の古い灯台。百周年を迎えたのは全国で四十九カ所目。鉄製の灯台としては三カ所目になる。
同灯台は白色、円形で高さ約十・二m。約四十キロ先まで光が届く。当初は灯台守が駐在していたが、七〇年から無人化された。
関埼灯台であった記念式典には、関係者約七十人が出席。橋本恵一・同事務所長が「地元など多くの人々の支えで百周年を迎えられたことに感謝したい」とあいさつ。首藤正芳町長は祝辞の中で「子どものころ、遊びに行くと優しい灯台守が歓迎してくれた」と昔を懐かしんだ。くす玉を割った後、長く関埼灯台の清掃をしている伊藤咲子さん<65>と若林勝子さん<64>=いずれも町内一尺屋=に感謝状を贈った。
八九年から六年間、佐賀関航路標識事務所(当時)の所長だった西木直さん<66>も佐伯市からお祝いに駆け付け、「関埼灯台は海上交通の重要な場所で、誇りを持って勤務していた。きょうは感激しています」と話していた。
百周年を記念し、関埼灯台をテーマに募集した絵画・写真コンクールには、計三百三十七作品の応募があり、十二人が入賞、三十人が入選した。優秀作品は関崎海星館で展示している。
★陵墓の見学許可指針を公開 宮内庁 7月17日 考古学通信
宮内庁が立ち入り禁止にしている古代の天皇、皇后、皇族の陵墓古墳について、例外的に見学を許可する場合の指針が明らかになった。見学場所は古墳の外周部に限られ、見学者の資格にも厳しい制限がついている。
★「葛生原人」、15世紀の骨だった 半世紀の議論決着 7月12日考古学通信
栃木県葛生(くずう)町で戦後まもなく発見され、「葛生原人」として知られた骨の年代が室町時代ごろと判明した。原人なのか、後世の骨なのか論争が続いてきたが、お茶の水女子大の松浦秀治助教授(人類学)らの年代測定で、最終的な決着がついた。
◎竹田市で里山の保全と、竹を核にした町おこし
8月6日 合同
里山の保全と、竹を核にした町おこしを目指して、竹田市の林業関係団体や観光協会、企業、自治会などが「里山保全・竹活用百人委員会」を結成した。竹林整備のために切り出した竹を活用して竹灯ろうを作り、四季折々に開催されるイベントを竹灯ろうで演出する。
竹田市はその名の通り、竹資源に恵まれている。竹は建設資材やタケノコ栽培に利用されてきたが、最近は建設資材としての需要減少や低価格の外国産タケノコの影響で、放置された竹林が増えている。
竹田市では、竹灯ろうをイベントに活用している臼杵市の取り組みを参考にして、昨年十一月の「もみじフェスタ」で竹灯ろうを設置し、観光客から好評を得た。
武家屋敷が並ぶ竹田市の町並みは、竹灯ろうにマッチする。この景観を生かして、市の代表的な行事に竹灯ろうを活用し、地域や経済界が一体となって町づくりに取り組むため、六月下旬に「里山保全・竹活用百人委員会」を結成した。
百人委員会は竹林の所有者や住民と協力し、竹を切り出して竹林を整備。切り出した竹で灯ろうを作る。竹灯ろうは市内のイベントで活用してもらう。今年は九月の「岡城観月祭」で約二千本の竹灯ろうを設置する。十一月の「もみじフェスタ」では一万本の竹灯ろうを並べ、ナイトウオーキングを実施する計画。さらに、竹灯ろうは竹炭として再利用する。
委員会では「さまざまな分野の人や団体に呼び掛けて、地域全体で竹資源を活用し、イベントを盛り上げていきたい」と話している。
★石器発見でも工事は継続/星野遺跡(栃木県)
7月3日考古学通信
中期旧石器時代の遺跡とされる栃木市の星野遺跡で1998年、市営施設の建設中に新たに石器が発見されたにもかかわらず、同市は学術調査を行わずに工事を進めていたことが分かった。工事の際に同市は文化財保護法に基づく発掘届も提出しておらず、関係者からは、開発を優先した行政当局による「遺跡破壊」との批判の声も出ている。
★市文化財保護へ指導員 つくば市教委 10月にも委嘱
7月3日考古学通信
つくば市教育委員会(藤井伸二教育長)は、市内に点在する国、県、市指定文化財の保護、活用を図ろうと「市文化財保護指導員」の設置に関する検討を始めた。早ければ10月にも指導員の委嘱を行う。同市教委では調査や発掘、古文書の整理などの文化財保護に関するスーパーバイザー的な存在として期待を寄せている。
★三輪明神窯跡群の史跡公園化 整備内容まとまる
6月29日 考古学通信
江戸時代に三田焼を生産していた三田市三輪の「三輪明神窯跡群」を史跡公園化する計画で、三田市教委は26日、地中にある三田青磁第一号窯を発掘して保存、実際に使用できる登り窯を新設するなどの整備内容をまとめた。当時の工房も再現し、来園者が窯詰めから焼き上げまでを体験できる施設にする。2003年春のオープンを目指す。
★広島県埋文センター不正経理で前係長再逮捕
6月25日 考古学通信
広島県埋蔵文化財調査センター(広島市西区観音新町4丁目)の不正経理事件で、前総務
係長の三宅秀武被告が、自分の購入したゴルフクラブなどの代金の支払いをセンターに肩
代わりさせていた疑いが強まり、広島中央署は19日、三宅被告を詐欺の疑いで再逮捕した。
★梶内向山遺跡保存へ 壊さず盛り土 つくばジャンクション建設
6月25日考古学通信
つくば市梶内の首都圏中央連絡自動車道(圏央道)と常磐自動車道のつくばジャンクショ
ン(仮称)建設で、茨城県は21日までに、ジャンクション部に当たる梶内向山遺跡の保存
措置を講じて工事することを明らかにした。これまで県内の開発に伴う発掘調査は、調査
後はほとんどの遺跡が破壊されてきた。今回は、遺跡を壊さないよう盛り土した上に道路
を建設し、後世に遺跡そのものを残すことが可能だという。
◎横尾遺跡(6月22日)−大分県− 6月25日 考古学通信
大分市にある横尾遺跡(同市横尾)の発掘調査を実施した同市教委は、5月に出土した加工痕残る角材が、縄文時代早期末(約6400年前)の日本最古の建築材であることが判明
したことを明らかにした。建築用材は長さ約3.8m、一辺約18cmの角材で、木材を接合する「ほぞ穴」やロープを通す「めど穴」(直径約3〜5cm)が計6ヶ所あり、縄文後期(約4000年前)の食料貯蔵穴跡の約1m下、約6300年前に南九州の鬼界カルデラから噴出した火山灰層の下から出土した。付近からは縄文早期末から前期初頭ごろとみられる轟式土器片なども出土しており、これまで最古とされていた桜町遺跡(富山県小矢部市)で発見された縄文時代中期(約4000年前)の加工材よりも古いという。また、出土地点が谷間の地形にあたるとみられ、現在でも地下水がにじみ出る湿地であることから、角材は高床式建物のけたなどに使われ水場の足固めに2次利用されたと推定されている。
●大分市横尾遺跡第二回現地説明会 多数の人々でにぎわいました。 6.24
最古の水場遺構、建築部材であることがあきらかとなり、大きく報道され、炎天下の中、終日多数の市民が訪れました。
この遺構は今後保存処置をされ、来年度から本格的な発掘に入るそうです。(大分市教委文化課の話)。今回、この水場は発掘の最終日に片付けをしているときに発見されたそうで、今後当時の植生、気候など重要な調査・研究が必要です。横尾遺跡の全体像を明らかにするよう適切な保存が必要です。

水場遺構と足場に使われた角材
ほぞ穴に指をいれているところ
説明の順番を待つ人達。10時か11時までの間に300人の市民が見学にきていました。午後も大勢来たようです。
受付も渋滞気味。
出土した土器のまわりに人だかり
40人ずつ順番に説明を受けました。
まわりの捨て土のところでは、子供達が土器片を拾う姿がありました。いっぱい縄文土器片がありました。
●「聖嶽」旧石器遺跡ではない 99年再調査報告書結論
6月20日
旧石器時代の石器と人骨が一緒に出土した日本で唯一の例とされる大分県本匠村の聖嶽(
ひじりだき)洞穴で、1999年に実施された再調査の報告書がまとまった。調査を企画した
春成秀爾・国立歴史民俗博物館教授が19日、公表し、聖嶽洞窟は少なくとも旧石器時代の
遺跡ではないと結論づけた。 考古学通信
★加東郡教委が“考古学宅配便”
スタート 6月20日
加東郡教育委員会の埋蔵文化財調査事務所(社町木梨)は、発掘内容を住民に知ってもら
おうと、出土品や発掘当時の写真などを持参して、職員が解説する“考古学宅配便”を始
めた。対象は郡内の5人から20人までのグループ。場所は自宅、喫茶店などでも構わない。
同事務所(電話:0795-42-5830) 考古学通信
★奈良県 保存要望を無視/図書館予定地の奈良期貴族邸跡 6.13
奈良市大安寺西の県立図書館建設予定地で、奈良時代の高級貴族の邸宅とみられる大型建
物跡などの遺構が見つかり、県立橿原考古学研究所の関係者らが保存を要望していたが、
県の建設担当課は「残すべき貴重な遺構という報告は受けていない」と事実上、要望を無
視していることが7日までにわかった。現地では明日香村の飛鳥池遺跡に続く、県の文化
施設による重要遺跡の破壊の恐れに批判の声が出ているという。考古学情報
●聖嶽遺跡の検証開始 本年度中に結果
日本考古学協会の聖嶽(ひじりだき)遺跡問題調査委員会(委員長・高倉洋彰西南学院大学教授)はこのほど、同遺跡の検証作業を始めた。九州考古学会や大分県考古学会、別府大学と共同で調査を進め、本年度中にできる範囲内で結果を出すという。高倉委員長が国東町で九日に開かれた大分県考古学会の臨時総会に出席、取り組み状況を明らかにした。
高倉委員長によると、聖嶽遺跡(本匠村)の第一次調査(一九六二年)は、日本考古学協会として取り組み、中間報告の「日本の洞穴遺跡」は協会が編集。事業も報告書もすべて協会の名のもとにしており、同遺跡の調査に対する疑問は一個人ではなく、協会に対する疑問として受け止めている。三月二十四日に設置した聖嶽遺跡問題調査委員会は特別委員会ではなく、通常の委員会として発足。協会としては極めて特殊な事例だという。
検証作業は九州考古学会や大分県考古学会、別府大学と役割分担して取り組んでいる。協会は石器の科学的産地の特定や新潟大学に保管されている人骨再調査の要請。九州考古学会は石器の時期の判断や考古学的な石器としての評価。県考古学会は、旧石器・縄文時代の黒曜石製石器の県内分布のまとめ。別府大学は混在石器の資料整備を進めている。
高倉委員長は「今回の疑問は学会ではなく、やみ討ち的に反論の余地のない疑問として提出された。調査はこれと同じレベルのものではなく、研究論文としてこたえる」と話し、結果は取りあえず本年度中にまとめ、協会の機関誌「日本考古学」に掲載、報告することを明らかにした。その後も分からない部分については調査を続けるという。
[聖嶽遺跡問題] 六二年の調査について、「週刊文春」が東北の旧石器遺跡ねつ造事件と関連させて三回にわたって記事を掲載。当時の調査団長を務めた賀川光夫さん(別府大学名誉教授)が、あたかも“ねつ造”をしたかのような内容だった。賀川さんはこれらの記事に対し、学者として「抗議の自殺」をした。
2001.6.12 合同
管理人;大文協の会員の1人として、顧問でありました賀川先生の死を心より悔しく思っています。今回の調査が科学的に行われ「聖嶽」の真の姿を明らかにしてほしいと思います。本匠村の村長さんの言葉どおり、聖嶽人がどの時代の人達であれ、われわれの郷土の先人たちなのです。調査に携わられる皆さんには、ぜひその点を考えていただきたい。
●田染荘で田植え交流会 豊後高田市 6月12日 合同 ・赤旗など報道
中世荘園村落の姿を今に残す豊後高田市田染荘で、御田植祭が催されました。同地区の住民で組織し、荘園景観を生かした里づくりに取り組んでいる「荘園の里推進委員会(河野精一郎委員長)が昨年に続いて主催。東京や福岡など都市からのオーナー34グループ90人と別府大学文学部の学生、同委員会のメンバーら合わせて約250人が参加しました。中世の絵図に描かれた衣装を身に着けて田植えをしたり、アトラクションでは、張り子の牛を使って中世の田植えの様子をユーモラスに再現した。
合同記事;荘園領主らが田植え交流会(豊後高田市田染荘)
豊後高田市田染荘の荘園領主となったオーナーらの田植え交流会は十日、田染荘の中心地・小崎地区であり、市内外から応募した家族連れなどが中世の趣を残した田園風景の中で田植えを体験した。
同地区の住民で組織し、荘園景観を生かした里づくりに取り組んでいる荘園の里推進委員会(河野精一郎委員長)が昨年に続いて主催。東京や福岡など都市からのオーナー三十四グループ九十人と別府大学文学部の学生、同委員会のメンバーら合わせて約二百五十人が参加した。
宇佐神宮の御田植え祭(神事)に続いて歓迎式。河野委員長と永松博文市長が「千年の歴史を刻んだ荘園の里を皆さんと一緒に守っていきたい」とあいさつ。オーナー一人ひとりに寄進状を贈呈。アトラクションで、張り子の牛を使って中世の田植えの様子をユーモラスに再現した。
この後、領主耕作型のオーナーはそれぞれの水田(一口一アール、計十二アール)で、体験交流型は交流農園(二十二アール)で田植え。かさ、みの、着物といった昔ながらの田植え着も用意され、オーナーらは景観を楽しみながらさわやかな汗を流した。
北九州市の加来錦二さん<34>は「家族で自然体験をしたいと思って参加した。田植えは初めてだったが気持ちよかった。小崎の景観は素晴らしく、仕事があれば住みたいほど」と話していた。
十月中旬に収穫祭(稲刈り)をする。
●県考古学会「抗議アピール」採択へ
6.7合同
県考古学会は九日、国東町歴史体験学習館(弥生のムラ・安国寺集落遺跡公園内)で、臨時総会を開く。週刊誌の“ねつ造”疑惑報道に抗議して自殺した賀川光夫会長(別府大学名誉教授、考古学)を追悼し、週刊誌に対する抗議声明を出すことにしている。総会後、一般を対象とした安国寺遺跡の講演と見学会も催す。参加を呼び掛けている。
臨時総会では、「週刊文春」が報じた聖嶽洞穴(本匠村)をめぐる“ねつ造”疑惑報道と賀川会長の自殺に至る経過を事務局が報告。賀川会長のめい福を祈り、自殺のきっかけとなった週刊文春に対する抗議アピールを採択する予定。
また、賀川家から香典返しとして寄付してもらった百万円を生かし、賀川会長を顕彰する何らかの事業を検討している。
臨時総会は同日午後一時半から。総会後の午後二時四十分から、別府大学の後藤宗俊教授が安国寺遺跡と賀川会長について講演。この後、賀川会長が整備を指導し、この春オープンした安国寺集落遺跡公園をみんなで見学する。
★ 路線確定後でも、重要遺跡発見は協議対象 政府答弁書 赤旗
日本共産党の議員が提出していた「九州新幹線建設に伴う文化財保護に関する質問主意書」への政府答弁書が閣議決定されました。新幹線建設に伴い、各県教委が発掘調査中に、重要な遺跡・遺構が発見された場合、路線の変更も検討しなければならないが、どう調整するのかという質問に対しては、「路線の確定後であっても、発掘調査の結果、重要な遺跡が発見された場合には、鉄建公団は関係都道府県教委と必要に応じ、路線の変更も含めて協議を行う」と答弁。これまで重要な発見があっても路線が確定されてしまえば、路線変更、遺跡保存の協議は現実的に無理と考えられてきただけに、この答弁は非常に重要です。
★「田和山」からのメールです。5.17「朗報をお知らせします。 田和山遺跡が国史跡になることが、国の文化審議会で決定されまし
た。
地元の山陰中央新報は、1面トップで報道、各紙とも大々的に取り
上げました。 ちょっと気になるのは、審議会の委員の皆様は、田和山にはおいで
になった形跡のない事です。 「見なくても分かっている」本当ですか。
南北分断問題は、依然として保存活用の最大問題点です。
住民運動はどう立ち向かうのでしょうか。
〒690−0014
松江市八雲台1−12−30 加藤 暁(さとる)」
http://fish.miracle.ne.jp/dawnkato/
●水ケ谷焼の窯跡発掘 一部崩壊、早く記録に
合同 2001.5.18
宮崎県境に近い宇目町水ケ谷(すいがたに)地区で、江戸時代末期から作られた磁器「水ケ谷焼」のものとみられる窯跡が発掘されている。町文化財調査委員長の軸丸勇さん<85>と委員の甲斐弘美さん<69>が五月上旬から調査を始め、窯の中で磁器を載せて焼く、焼き台(トチン)など約五十点が出土している。
軸丸さんによると、水ケ谷焼は、岡藩が財政ひっ迫を解消するために、木炭や木綿などとともに製造に取り組んだ焼き物。岡藩の記録には、一八〇五(文化二)年に窯を造ったことが記されている。江戸時代は大量に製造され、藩財政を潤した。明治時代に入っても地元の住民が窯を利用していたという。
窯の位置は特定されていたが、上部が崩れ、土に覆われた状態になっていた。軸丸さんは「このまま放置しておくと、発掘できなくなる可能性がある。調査できるうちに記録を残そう」と、土地所有者である矢野春子さん<72>の理解を得て発掘に取り掛かった。
これまでに、窯の内側とみられる焼けたレンガが並んだ壁、焼き物を載せる焼き台や磁器などが出土した。軸丸さんは「窯はかなり規模が大きい登り窯で、奥行き九m、幅七mと推定される。一度に数百個の磁器を焼いたのではないか」。甲斐さんは「窯の中は、何口にも仕切られていたのではないか」と推測する。
矢野さん方には、青い色付けが特徴の水ケ谷焼十数点が残っており、「裏山に窯があるとは聞いていたが、実際に見てみるとすごい」と驚いている。
軸丸さんは「さらに調査を続け、規模の確定などに取り組みたい」と言う。
●豊後高田市の元宮磨崖仏に仏像を守る覆屋が完成
考古学情報 5.17
豊後高田市真中の国史跡「元宮磨崖仏」に、仏像を風雨から守る覆屋が完成、14日に現地で
落成式が開かれた。元宮磨崖仏は毘沙門天像、不動明王像、持国天像など5体から成り、い
ずれも岩壁に掘られている。室町時代の作と伝えられ、1955年、市内の熊野磨崖仏、鍋山磨
崖仏とともに国史跡に指定された。
●豊後高田市元宮磨崖仏の覆屋完成 5月15日 合同
風化が進んでいた豊後高田市真中の元宮磨崖仏(まがいぶつ=国指定史跡)を保護する覆屋が完成。十四日、現地で落成式があった。
元宮磨崖仏は元宮八幡北側の岩壁(高さ三m、幅六m)に毘沙門天や不動明王など五体の立像が彫られており、室町時代の作−とされる。一九五五(昭和三十)年、熊野磨崖仏や鍋山磨崖仏とともに国史跡に指定された。
完成した覆屋は高さ八・一m、延べ床面積二十七平方m。寺社建築様式を採用し、木造で屋根に銅板をふいている。事業実施主体は市で、総事業費約千二百万円。地元の田染三区は三十二戸の代表で組織する覆屋建設委員会(委員長・河野則隆区長)を結成。寄付を基にさい銭箱やろうそく立てといった仏具(御影石製)をそろえた。
落成式には関係者約四十人が出席。仏事の後、下村老人憩いの家で祝賀会を開いた。河野建設委員長が「地区が熱望していた覆屋が完成した。これからみんなで環境美化に努め、後世に残し伝えたい」とあいさつ。都甲昌叡市助役(市長代理)ら来賓が祝辞を述べた。
●国東町安国寺遺跡行ってきました。いろいろな体験が準備されていて、復元建物群をまって歩くだけでいい運動でした。今後、弥生の森などや水田なども作っていく予定のようです。歴史に興味のない人でも、ぶらぶらしたくなるような公園に成長してくれるといいなと思いました。
10王像



復元された高床倉庫群。ここは当時、湿地だったので高床にしたとの説明でした。
集会場?
復元された竪穴式、手前の建物では子供たちが発掘体験をしていました。
ここではさまざまな体験学習が出来ます。この子達は、火おこしを体験中。どれも料金が安い点もいいですね。
発掘体験


建物の全景
小さい子なら復元建物の中にはいれますよ。我が家の三歳児は探検気分でおおはしゃぎでした。
体験料金

体
●下郡横穴墓群・横尾遺跡群現地見学会参加報告!(大分市4月28日)
大分市教委による2箇所の現地説明会に参加してきました。一日に2箇所だったので、なかなかくたびれました。まずは午前中に開催された大分市下郡(加納地区)の横穴墓群。住宅開発と急斜面のために地区の住民から改善を求めら結果、遺跡が40メートルの高さにあることなどにより、破壊となります。
一枚目;A群 一部上下二段になっているのが見える。

二枚目;B群 こちらは、後の時代に仏像を安置する場所として手をくわえられている。

3枚目;寄せ棟形式の天上

出土物 ;須恵器と刀子

4枚目;着々と近づく宅地造成工事

すぐ下の西福寺から横穴墓B群を見上げる
下は、後の時代に横穴墓の中に安置されていた仏像群

西福寺門。この寺は県内に珍しい黄檗宗です
横穴墓群のすぐ下に残る、第2次大戦末期の航空部隊司令部壕入り口跡。現在は上の宅地開発のためセメントで埋められました。


横尾遺跡群
◎横尾遺跡(5月13日)−大分県−
考古学情報 5.17
大分市にある横尾遺跡(同市横尾)の調査を進めている同市教委は、縄文時代後期前半
(約4000年前)以前の地層から建築用の加工材が見つかったことを明らかにした。加工材
は長さ約3.8m、縦横18cmの角材で、反対側に抜ける「ほぞ穴」と側面に抜ける「めど
穴」(各直径約2〜3cm)約6ヶ所が丸く開けられており、縄文時代後期前半(約4000
年前)の地層にあったドングリの貯蔵穴跡の下約1mから出土したという。大型の高床建
物の柱や桁(けた)などではないかとみられ、縄文後期より古い地層から出土しているこ
とから、これまで「日本最古」とされた富山県桜町遺跡の中期末よりさかのぼる可能性も
あると注目されている。
◎横尾遺跡群・下郡横穴墓群(4月27日)−大分県− 考古学通信 5月1日
大分市にある横尾遺跡群(同市横尾)と下郡横穴墓群(同市下郡)の調査を進めている同市教委は、横尾遺跡群からは縄文時代の貯蔵庫跡が、下郡横穴墓群からは7世紀前半から中頃の計32基の横穴墓が検出されたことを明らかにした。横尾遺跡群は、横尾貝塚の隣接地に立地しており、約4000年前の縄文時代後期初頭の土器や石器などが多量に出土し、同貝塚の連続とみられる貝層も発見され、ドングリを水漬けして保存したとみられる貯蔵穴群なども発掘された。また、下郡横穴墓群は標高約45mの丘陵地帯中腹に掘られており、これまでに計32基の横穴が見つかっている。横穴の玄室天井は寄棟形やドーム形などバラエティーに富んでおり、須恵器や小刀などの副葬品も発見されている
という。
横尾貝塚跡
今回の発掘現場はこの左側の道路(鶴崎・大南線)をはさんだ位置にあります。


貝塚方向から現場を見た
今回出土した大量のドングリ、出たときにはまだ茶色だったそうです多種の土器類が出て、ここに長く人々が住んだことをうかがわせる。
ドングリ貯蔵穴、いくつもありました。
多くの市民が参加していました。
多種の土器類。長期にわたって住みつづけていたことが分かる。

生活をしのばせる石器類
多量の石の錘がでています。貝塚とあわせ、網を使った漁法が盛んだったでしょう。
★広島県埋文センターを詐欺事件で捜索 5月12日 考古学通信
財団法人・県埋蔵文化財調査センターで架空のリース契約によって代金をねん出し、だまし取っていた事件で、県警捜査2課と広島中央署は9日、センター前総務係長の三宅秀武容疑者と、土木建築機材リース販売会社社長の政岡泰行容疑者を詐欺容疑で送検するとともに同センターを捜索した。
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●SL「クラウス号」が帰ってきた!4月28日合同
宇佐市南宇佐の宇佐神宮に展示保存していた明治期のSL「クラウス号」は、北九州市での修復工事が完了。二十七日、車体が同神宮に戻ってきた。
「クラウス号」は一八九一(明治二十四)年、ドイツで製造。同型のSLは、日本では宇佐神宮のほか岩手県遠野市など、計三体が現存している。四八年から六五年まで宇佐参宮鉄道を走り、観光客や地元住民の足として活躍。同鉄道廃止後は同神宮境内に展示していた。七四年、市の民俗有形文化財に指定。
老朽化が進んできたため、走れクラウス号!二〇〇一人計画実行委員会(西太一郎委員長)が修復を計画し、昨年九月、車体をJR九州関連の工場に移送していた。資金は「文化財スポンサー」を募り、千二百人を超える人たちから、募金が集まっている。
塗装は各部分の色がはっきり分かるよう、色のはげ落ちた部分を補完。外の黒い塗装はさびなどを防ぐため、全面的に塗り直した。部品は、腐食の激しい部分以外は残してあり、凹凸のある鉄板や、運転席の天井や床に使っている木などから“現役”当時をしのぶことができる。
五月十三日に行われる除幕式までの間、車体はシートを掛けて保存し、屋根を造る。
寄付を受けた文化財スポンサーの名前はプレートに刻み、宇佐神宮夏越祭初日の七月三十一日に、タイムカプセルとして車体の下に埋める。開封は三十年後を予定している。
また夏越祭期間中、JR九州から実際の五分の一の大きさのミニSLを借りて境内で走らせ、子どもたちに乗ってもらうことも計画している。
「文化財スポンサー」は一口五千円で、現在も募集中。問い合わせは走れクラウス号!二〇〇一人計画実行委員会事務局(TEL0978・37・0981)まで。
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●江戸期の趣伝える町並み保存に向けて 大分市戸次 4月24日 合同
大分市戸次本町の町並み保存整備に力を入れている「戸次本町街づくり推進協議会」(十時太一会長・35人)の総会が23日、大分市大南支所であった。市都市計画審議会で、街並み整備の基本となる「地区計画」が議決されるなかで、同協議会は本年度、整備事業計画の策定支援などに力を入れる。十時会長は「江戸期の趣を伝える建物を核に、町並みの整備を目指したい」と話している。
●「よみがえった生田門」 合同 4月22日 中津
中津藩家老生田家の屋敷門の復元が終わり、中津市三ノ丁の南部小学校の正門として使用されます。復元された生田門は木造かわらぶきで、高さ5.7b、幅6b。雰囲気を出すために、左右10bずつ、塀も再現している。市によれば生田門は江戸時代中期、中津藩城代家老、生田四郎兵衛が建設。1871(明治4)年から、福沢諭吉の要請で創立した中津市学校の校門として使用された。その後、南部小学校の校門などになったが、老朽化が進んだため、1988(昭和63)年に解体保存された。その後、市民らの要望で、98年に生田門復元検討委員会が発足。生田門の屋敷跡を一部含んでいる同小学校に復元することになった。昨年8月から復元工事を進めていた。
●豊後高田市田染荘の荘園領主(水田オーナー)募集4月19日合同
豊後高田市の荘園の里推進委員会(河野精一郎委員長)は、田染荘の荘園領主(水田オーナー)を募集している。都市との交流促進が目的。「中世にタイムスリップして家族や友人と泥にまみれ、農業の楽しさや農村の原風景の素晴らしさを味わってみませんか」と呼び掛けている。
同委員会は市内田染荘の小崎地区住民で組織し、中世荘園村落の景観を生かした里づくりに取り組んでいる。荘園領主は昨春、初めて募集(体験交流型のみ)。現在、県内や東京、横浜、福岡といった都市部の家族や友人で構成する三十グループが領主となっている。今回の募集は、体験交流型と領主耕作型(新設)。
領主耕作型(限定十口)は、雨引神社近くの水田(一口一アール)のオーナーとなり、田植えから稲刈りまでの農作業を体験。収穫した荘園米はすべて領主のもの(平均収量四十二キロ)となる。水管理や草刈りなどは地元農家が担当する。
体験交流型(限定九十口)は、地区内の交流農園で田植え(六月十日)や稲刈り(十月中旬予定)を体験。同農園の荘園米三十キロと地元産の農林産物、加工品が十〜十二月に三回に分けて届けられる。
年会費はいずれの型も一口三万円。受け付けは四月末まで。すべての申し込み・問い合わせは、豊後高田市農林水産課(TEL0978・22・3100)へ。
●まちづくり拠点は「黎明館」「旧浜田医院」を改装
日田市が昨年十一月から、改修、増築していた同市隈二丁目にある大正初期の洋風建築物「旧浜田医院」の工事が完了した。隈地区の地域づくり活動の拠点、隈まちづくりセンター「黎明館(れいめいかん)」=石井春男館長=として新たに出発する。二十日、建物のオープニング行事がある。
同市によると、木造二階建て(延べ百八十一平方m)の医院として使用していた部分は外装を洗浄したり、内部の板を張り替えるなど改修。病院時代の受付カウンター、らせん状の階段などレトロな雰囲気のある玄関はそのまま生かした。隣接の住宅部分は取り壊し、新たに赤れんが調の木造建物(百十八平方m)にした。
一階はひた野の花の会(桑野正恵会長)が主催する「ひた押し花美術館」(六十五平方m)とパンフレットなどで隈地区の観光スポット、店などを紹介する「隈町紹介コーナー」など。トイレも完備している。
二階は大、小展示室(六十五平方m・十二平方m)の二室。絵画や写真などの展示会はもちろん、会議や習い事の発表会など多様なイベントに使用できる。工費は約八千四百万円。
「黎明館」の名称は一般公募し、百五十三点の応募の中から、市内中城町の後藤光基さん<75>の作品が選ばれた。「夜明け」という意味で、センターが新しい時代や文化が始まる拠点となることを願った。
石井館長は「隈周辺を主会場に開催される川開き観光祭や日田祇園祭に合わせたセンターの利用法も含めて今後、検討していきたい」と話している。
合同 2001.4.13
●宇目町で最も古い石橋「田代橋 ボランティアで改修
県建設業協会佐伯支部宇目分会(佐々木磨会長・七社)は十日、宇目町で最も古い石橋「田代橋」の改修、保存工事をボランティアで始めた。梅雨までには完成する予定。
田代橋は一九○八(明治四十一)年、町内南田原を流れる北川に、地区住民が架けた石橋。全長約二十m、幅四・五m。川底からの高さは十m。子どもの通学にも使われた生活道路で、住民にとっては思い出深い石橋だった。
六○年代、北川ダムの完成に伴ってダム湖に水没。現在は、冬場から梅雨前の渇水期にだけ、石橋の姿を見ることができる。洪水時に流木などがぶつかり、橋や欄干の一部が壊れている。
宇目分会の建設業者は、一年かけて改修に必要な重さ六十キロほどの間知石(けんちいし)二千個を用意した。今後は各業者が機材や作業員を提供し合い、工事を進める。渇水期には、下流にある現在の田代橋から石橋が一望できるため、町では観光資源としても期待している。
佐々木会長は「改修工事は、建設業者が町のためにできるボランティア活動。五十年、百年持つような丈夫な橋にしたい」と話している。
合同 2001.4.11
●県指定文化財 板碑など含め新たに7件
合同2001.3.22
県教委文化課は二十一日、新たな指定文化財を発表した。今回、指定を受けたのは鎌倉時代の年号が刻まれた凝灰岩製の板碑「備後尾板碑」など七件。市町村教委の申請を受け、県文化財保護審議会(会長・後藤宗俊別府大文学部長、十五人)で協議し、この日の教育委員会で承認された。
指定文化財となった「木造男神坐像」は中川神社(竹田市)のご神体として、伝えられている。中川家の太祖清秀、嫡男秀政、秀政の弟で、初代岡藩主秀成の像が三体。保存状態がよく、江戸時代の彫刻史を知る上で貴重。
「太刀(豊州三重住甲斐本藤原行久)」は神社の奉納刀として製作されたものと思われる豊後刀。天正十三(一五八五)年と銘文にある。行久は、大友氏の御用達の「甲斐本鍛冶」の初代、幸長の父。
「諸田山神社の御田植祭」は、同神社(安岐町)で毎年、春季例祭の日に行われる予祝行事。田植えの所作がユーモラスで、伝統的な稲作農耕を考える上で貴重とされる。
ほかの指定文化財は次の通り。
▽工芸品 刀(平長盛)、刀(平長盛)、脇指(豊後高田實行作)
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●太鼓橋30年ぶり・雄姿・ 日田市
合同 2001.3.22
日田市のシンボル亀山公園と三隈川河畔の遊歩道を結んでいる「緑橋」が、昔ながらの太鼓橋に生まれ変わった。市が「周りの景観にマッチした橋に」と、三十年ぶりに復元した。
同市を流れる三隈川などでは一九五二(昭和二十七)年ごろまで、いかだ流しが盛んに行われていたことから、川に浮かべたいかだに人が乗って通れるよう当時の「緑橋」は、アーチ型にしてあった。しかし、いかだ流しが行われなくなったことや、急こう配なためお年寄りや自転車での通行が不便だったこともあり、七〇年ごろに平たい普通の橋に架け替えたという。
この平橋が老朽化したため、市は再度架け替えを計画。「まちづくりや亀山公園の景観にマッチした昔のような太鼓橋にしたい」と地元の「隈のまちづくり委員会」に提案し、了承された。昨年十一月、着工。今月十日に完成した。
完成した「緑橋」は三隈川の支流の庄手川に架かっており、長さ約七・六m、幅三mの木造アーチ橋。亀山公園を覆った木々の緑にマッチさせるよう、欄干を緑色に塗装。アーチを緩やかにするなど通りやすくしている。 温泉旅館の泊まり客や、市民らが水辺の散歩などに渡っている。
◎妻木晩田遺跡(3月21日)−鳥取県− 考古学通信 3.22
大山町と淀江町にまたがる全国でも最大級の弥生時代遺跡である国史跡・妻木晩田遺跡の調査を進めている鳥取県教委は、同遺跡の洞ノ原地区で確認された環濠が、従来の弥生時代中期後葉から約100年前の同中期前葉にさかのぼることを明らかにした。同遺跡は、これまで弥生時代中期末(紀元前後)に出現し、同後期後半(2世紀前後)に最盛期を迎え、同時代とともに終焉したとみられていた。そこで調査は、同遺跡の原点を明らかにすることを目的に、同遺跡の中で最も初期の段階に築かれた洞ノ原地区で実施された。その結果、調査地内の環濠跡から弥生時代中期前葉の土器片が偏在して発見され、始まりを約1世紀修正したという。
★花野谷古墳の保存断念、福井市教委 考古学通信 2001.3.26
福井市教委は”卑弥呼の鏡”と呼ばれる三角縁神獣鏡が昨夏出土した同市花野谷町・宮地町の花野谷古墳の保存計画を進めてきたが、地権者との話し合いがまとまらず21日までに土地の取得を断念した。地元の岡保地区では、地区民のアンケート調査で7割以上が同古墳群の保存整備や公園化を求めていただけに、落胆の色を隠せずいる。
★中国地方の文化財被害相次ぐ
考古学通信 2001.3.2
安芸灘地震で、中国地方の文化財にも被害が及び、25日、一部で調査が始まり,世界文化遺産の厳島神社(広島県宮島町)や
尾道市の浄土寺の「石造宝篋(ほうきょう)印塔」(国の重文),松江城天守閣などの建物・文化財に被害が認められたという
★「文化財意識の欠如」原因・甲府城礎石紛失 調査委が報告 考古学通信 3.22
甲府(舞鶴)城公園整備に伴う稲荷櫓(いなりやぐら)の礎石紛失問題などを調査して
きた「甲府城石垣礎石等調査委員会」(萩原三雄委員長)は19日、調査結果を輿石和雄県教育長に報告した。礎石紛失の原因を「関係者の文化財保護意識の欠如」にあるとし、発掘調査に当たった県教委の担当者と、公園整備を進めた県土木部の担当者、請負業者らそれぞれの責任を指摘した。
★田和山遺跡整備検討委員会が初会合/島根県
考古学通信 3.22
松江市立病院の移転用地に隣接する同市乃白町の田和山遺跡を、遺跡公園に整備するための田和山遺跡整備検討委員会の初会合が19日、市内で開催された。来年度中に整備案の作成を目指す委員からは、遺跡南側の進入路を、市案の開削方式からトンネル方式に見直すよう求める声が相次いだ。
★仙台城跡・櫓建設の撤回要望 文化財保存全国協 考古学通信 3.22
仙台市が進めている仙台城本丸跡の石垣修復工事と艮櫓(うしとらやぐら)復元事業に関し、文化財保存全国協議会(代表委員・田中義昭元島根大教授、十菱駿武山梨学院大教授)は21日までに、石垣の原状保存や櫓建設の撤回などを求める要望書を藤井黎仙台市長らに提出した。
●大分市横尾遺跡群(第82次調査)、縄文後期の土器・石器大量に出土 合同 3.19
大分市教委が発掘している同市横尾の横尾遺跡群から、約4000年まえの縄文時代後期初めごろの土器や石器が多量に出土しました。横尾貝塚遺跡のすぐそばで、貝塚の続きとみられる貝も見つかっている。市内では珍しい典型的な縄文遺跡で、近くの人達が相次いで見学に訪れています。遺跡は県道「鶴崎大南」線沿い。区画整理事業に伴い、三月末までの予定で、約二千三百平方bを対象に調査している。縄文時代の当時の地形は海に近い谷で、流れ込んだ土砂と一緒に多量の土器、石器が捨てられていた。土器片があまり磨耗していないことから、すぐ上の台地に集落があったと見られている。出土したどきは、縄目文様の一部を消す「すり消し」とよばれる技法や、口縁部に山形の文様を施した鉢などで、高さ四、五十aに及ぶ大型。石器は石鏃(せきぞく)や重りの石錘(せきすい)、磨製石斧(ませいせきふ)、打製石斧、石皿などが見つかっている。また縄文後期の遺物の下からは、さらに前期(約6000年前)の遺物も出土するとみられている。
★雨滝城調査と保存を訴え要望書/香川県
考古学通信 3.19
大川、寒川、津田の3町にまたがる雨滝山(253m)にある雨滝城跡の保存と十分な調査を求めて、日本考古学協会の埋蔵文化財保護対策委員会(矢島國雄委員長)は16日、佐々木正峰文化庁長官や、真鍋武紀・香川県知事、3町の町長らに要望書を提出したと発表した。香川県は、中世城館詳細分布調査の一環で、4月以降、雨滝城を調べる予定。
★妻木晩田遺跡 検討委大筋了承、周知へ/鳥取県 考古学通信 3.19
全国最大の弥生集落跡で国史跡に指定された妻木晩田遺跡(大山、淀江両町)の保存活用検討委員会(委員長・金関恕大阪府立弥生文化博物館長)が15日、大山町末長の町総合福祉センターで開かれ、県が保存活用基本構想案を提示、大筋で了承された。4月中に正式決定し、県民に周知する。
●「聖嶽」再評価 地道に冷静に 別府大が調査本格化 考古学通信 3.19
「縄文時代の石器が交じっていた」として、旧石器時代の遺跡としての再評価が迫られる大分県本匠村の「聖嶽(ひじりだき)洞穴」をめぐり、別府大(大分県別府市)は、腰岳産(佐賀県伊万里市)や牟田産(長崎県松浦市)など西九州の石材を使った石器が混入していた点に着目した調査を本格化させる。当時、どのような流通ルートで運んだのかを解明することで、聖嶽洞穴の「客観的な年代」に迫るのが狙い。
【訃報】
賀川光夫・別府大学名誉教授死去。
賀川氏は1962年、後期旧石器時代の遺跡とされる聖嶽洞穴の1次調査を手掛け、1998年
には西日本新聞社が贈る西日本文化賞(社会文化部門)を受賞した。葬儀は12日正午か
ら中央葬儀中央会館(大分県別府市石垣東2丁目)で、大学関係者や教え子ら約1000人
が参列して営まれた。 別府大と同窓会は17日午後2時から、大学で追悼の会を開く予定。
考古学通信2001.3.12
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◎早水台遺跡(3月10日)−大分県−
日出町にある早水台遺跡(同町川崎)の発掘調査が東北大学の学術調査団によって実施され、約30000年以前の地層から石器とみられるものが出土し、約40年前の調査でも指摘されている後期旧石器時代(約13000年前〜約30000年前)より古い石器の可能性の存在が追認されたという。調査は同大学総合学術博物館の柳田俊雄・教授らによって行われ、その結果、過去の調査で第5層「安山岩角礫層」とされた地層から、石英粗面岩や珪化安山岩などの石器の可能性がある石約1500個が発見された。このうち、数点は、剥片の縁に刃をつけたスクレイパー類とみられる石器の可能性が強いという。約40年前の調査と同じように、今回も第5層から石英粗面岩などの石器の可能性のある石が多量に出土し、明らかに石器(スクレイパー)とみられるものも発見され、後期旧石器時代より古い石器の存在があらためて示された。同大では今後も火山灰の科学的分析などを行い、地層と石器の年代を明らかにする計画だという。考古学通信 2001.3.12
◎古庄屋遺跡(3月11日)−大分県−
本耶馬渓町にある古庄屋遺跡(同町落合)の調査を実施した大分県教委は、13〜14世紀(鎌倉時代)の多数の柱穴、木組みの井戸、約80平方mの主殿跡のほか、8基の土壙墓などが発掘されたことを明らかにした。また、中国製の青磁や土器、鉄製品なども出土し、同県教委では当時の有力者の住居跡ではないかとみている。
考古学通信 2001.3.12
●日出町・早水台遺跡再調査始まる 2.28 合同
東北大学の学術調査団による日出町川崎の早水台遺跡の発掘調査が27日から10日間の日程で始まった。同遺跡は40年前の調査で、三万年以前の地層から石器類が見つかり、当時、十万年以上まえの前期旧石器文化の所産と報告され、「石器」の認定をめぐって、「前期旧石器論争」が全国レベルで繰り広げられた。再調査で詳しい年代解明が期待される。
●鶴崎城跡出土 大分市県立鶴崎高校校内 合同 2.21
大分市鶴崎のい県立鶴崎高校校内の遺跡から、16世紀後半の中世・大友氏時代、同地域を拠点にしていた吉岡氏の鶴崎城跡が出土しました。
幅1・5bほど、深さ1〜2bの掘りが3本、南北方向に並んで見つかったほか、井戸跡も。土師器(はじき)や陶器片も出土したもよう。
鶴崎城は1586(天正14)年、薩摩の島津軍が豊後に侵入した際、城を守っていた当主・甚吉の母・妙林尼が、武士や農民とともに死守したことで知られている。その抵抗に、島津軍は和平を申し出、妙林尼が城を明渡したといわれる。
その後、城跡は、加藤清正や細川氏の御茶屋跡となっていました。
事務局:現在(2月末)、調査はすでに終わっていますが、来年度に別の工事があるとのことですので、また調査が行われると思われます。
★埋文不正経理
考古学通信 2.17
広島県教委が窃盗罪で告発
財団法人・広島県埋蔵文化財調査センター(広島市西区)の約7300万円に上る不正経理
問題で、県教委は9日、被疑者を特定せず物品20点(約133万円相当)に対する窃盗罪で、
センターの総務係長(46)を有印私文書偽造罪で広島中央署に告発した。同署は告発を受
理した。一方、埋文調査センターは同日、緊急理事会を開き、辰野裕一県教育長が理事
長を引責辞任、事実上の管理責任者である米田仁常務理事の解任を決定。理事1人と公
認会計士ら監事2人も引責辞任した。後任の理事長には県教委管理部の正岡稔民部長、
常務理事には管理部付の今岡高一次長が就任した。
★大友氏関連遺跡「保存、活用を」大分県と大分市に市民団体が要望
大分市の大友館など中世・大友氏にゆかりのある遺跡について、「大友氏関連遺跡の保
存を考える会」は15日、歴史公園や博物館として整備することなどを県と市に要望した。
考古学通信2001.2.19
●大友館跡を国史跡申請 大分市
大分市は7日、大友館跡(大分市顕徳町)の国史跡指定申請書を県教委に提出した。県
教委が審査したうえで、文部科学省(文化庁)に提出、国の文化財保護審議会で審議さ
れる。市教委文化財課によると、申請したのは、館跡約4万平方mのうち、地権者が同
意した計9887.58平方m。市教委が1998年度から3年間にわたり、確認調査をした主殿
とみられる施設跡や庭園跡、土塁跡など。大友館は、戦国大名の館としては、全国最大
級の200m四方の規模を持ち、京風のみやびな建物だったとされる。国の文化財保護審
議会は4月に開かれ、順調に進めば、7月にも国史跡として告示される見込み。
考古学通信 2.9
●「挟み遣い」26年ぶり復活 北原人形芝居 中津市
合同 1.24
]中津市北原の原田神社「万年願」で奉納される北原人形芝居に、挟み遣い(一人遣い)による「日高川安珍清姫 道行の段」が二十六年ぶりに復活する。北原人形芝居奉納会(中山重義会長・二十六人)の会員が、残されていた映像記録を手掛かりに、よみがえらせた。二月四日の本番を前に夜間練習に励んでいる。
北原人形芝居は、ほとんどの人形を三人で操るが、挟み遣いは両手両足を使って一人で操る。高度な技術が必要で、かつては国立劇場でも上演され、高い評価を受けた。
しかし、伝承者の高齢化、死去で一人遣いは四半世紀ほど途絶えていた。保存資料から、一九七五(昭和五十)年に「安珍清姫…」の同じ外題(題名)で奉納されたのが最後−という。
この芝居は清姫、山伏、飛脚−の人形三体で演じていた。今回の“復活奉納”では、清姫を中村圭介さん<61>=市内北原=、山伏を古門孝之さん<32>=市内角木=が操り、飛脚の部分だけは省いて演じる。
清姫から安珍と人違いされた山伏が、鈴を打ち鳴らしてリズミカルに動く場面と、浄瑠璃の軽妙なせりふが楽しい芝居だ。
古門さんの大伯父・古門政彦さん(故人)は挟み遣いの名人だった。「大伯父の技を復活したい」と三年前から、ビデオテープに残された映像などを頼りに、試行錯誤を重ねている。昨年から中村さんが参加。二人は毎週一回の定期練習のほか、十二月以降は週二回の夜間特訓に励んでいる
★田和山遺跡を考える会の、速報です。
1.17
田和山遺跡保存住民訴訟で、一昨年12月松江地方裁判所は,原告
住民側が要求した「遺跡鑑定」を実施することとし、鑑定人には原
告側推薦の、松木武彦岡山大学助教授を決定しました。松木鑑定人
は、その後1年余にわたり現地視察等を重ね、このほど漸く鑑定書
を完成させ、1月23日松江地方裁判所に提出しました。
条理をつくした迫力ある文章で、稀有の遺跡の実像を解明していま
す。
今後の裁判のあり方にも影響を与えそうです。
御覧下さい。なお、お見苦しい点等ありましたら、改良しますので
お知らせ下さい。
「考える会」では、鑑定書の出版も準備中です。御入用の方は、お
早めに当方にお申しで下さい。
寒さのみぎり皆様御自愛下さい。
〒690−0014 松江市八雲台1−12−30
加藤 暁(さとる) http://fish.miracle.ne.jp/dawnkato/
★田和山訴訟鑑定人が祭祀遺跡の鑑定書を提出
弥生時代の特殊な環濠(かんごう)集落跡を持つ田和山遺跡(松江市乃白町)をめぐる
訴訟で、同遺跡の学術鑑定書が24日、松江地裁に提出された。同遺跡は軍事施設か祭祀
の場か、研究者間で意見が分かれているが、鑑定書は「儀礼的、精神的な空間や施設を、
環濠や土塁で囲った全国で類例のない遺跡」として、祭祀遺跡と意義付けた。
考古学通信 1.27
●大分・聖嶽洞穴の人骨めぐり疑問の声相次ぐ
国内で唯一、旧石器時代の人骨と石器が一緒に出土したとされる大分県本匠村の聖嶽
(ひじりだき)洞穴をめぐり、人骨の年代や石器の発見状況について疑問を示す声が21
日、考古学、人類学の専門家が出席して開かれた東京都内のシンポジウムで相次いだ。
疑問を提起したのは、国立科学博物館の馬場悠男(ひさお)・人類研究部長。人骨につ
いて「江戸時代の人骨と同じ特徴があり、少なくとも縄文時代より新しいものではない
か」と指摘した。これを受けて、尾本恵市・桃山学院大教授は62年発見の後頭骨もD
NAなど科学的鑑定を行う必要性を強調した。考古学通信 1.27
●「挟み遣い」26年ぶり復活 北原人形芝居 中津市
合同 1.24
中津市北原の原田神社「万年願」で奉納される北原人形芝居に、挟み遣い(一人遣い)による「日高川安珍清姫 道行の段」が二十六年ぶりに復活する。北原人形芝居奉納会(中山重義会長・二十六人)の会員が、残されていた映像記録を手掛かりに、よみがえらせた。二月四日の本番を前に夜間練習に励んでいる。
北原人形芝居は、ほとんどの人形を三人で操るが、挟み遣いは両手両足を使って一人で操る。高度な技術が必要で、かつては国立劇場でも上演され、高い評価を受けた。
しかし、伝承者の高齢化、死去で一人遣いは四半世紀ほど途絶えていた。保存資料から、一九七五(昭和五十)年に「安珍清姫…」の同じ外題(題名)で奉納されたのが最後−という。
この芝居は清姫、山伏、飛脚−の人形三体で演じていた。今回の“復活奉納”では、清姫を中村圭介さん<61>=市内北原=、山伏を古門孝之さん<32>=市内角木=が操り、飛脚の部分だけは省いて演じる。
清姫から安珍と人違いされた山伏が、鈴を打ち鳴らしてリズミカルに動く場面と、浄瑠璃の軽妙なせりふが楽しい芝居だ。
古門さんの大伯父・古門政彦さん(故人)は挟み遣いの名人だった。「大伯父の技を復活したい」と三年前から、ビデオテープに残された映像などを頼りに、試行錯誤を重ねている。昨年から中村さんが参加。二人は毎週一回の定期練習のほか、十二月以降は週二回の夜間特訓に励んでいる。
古門さんと中村さんは「挟み遣いは難しく、まだ思うように操れないが、精いっぱい演じたい」。中山会長は「二十一世紀最初の奉納で挟み遣いが復活し、いい記念になる。伝統の掘り起こしや保存に、さらに力を入れたい」と話す。
人形芝居は四日午後零時半から、原田神社境内の演舞場で「翁渡」「絵本太功記十段目・尼崎の段」など計六外題が奉納される。
◎「中安遺跡」を巡り 県教委と文化財保護審議会対立 2001年 1月21日 合同
中安遺跡の問題をめぐって、昨年8月10日の第一会の会合において、県文化財保護審議会(後藤宗俊会長、15人)の会員が委嘱状(任期二年)を受け取らず、会長預かりとなっていることがわかった。十日の会合で県教委が、市教委の出した「中安」の大半を破壊する方針を追認することを報告。これに対し、市教委の対応だけでなく、「重要案件なのに取り扱いを審議会に諮問しなかった」と批判する意見が相次ぎ、文化課の“責任放棄”と“審議会軽視”に委員会が反発したという。この結果、委員は委嘱状を会議室に置いたまま退出。8月14日に中安遺跡の保存再考と文化財保護行政の改善を求める意見書を県教育長あてに提出した。
その後、意見書の回答は届いたが、委嘱状の取り扱いは宙に浮いた状態。
後藤会長は「早急に審議会のやり直しを」と要求。県文化課は「年二度の審議会分しか予算がなく、年度末まで開けない」とし、両者の溝は埋まっていない。
事態を憂慮した後藤会長が委員に、審議会への諮問案件の調査だけは進めるよう要請。しかし、委員の中には県教委の姿勢を不満として、拒否の動きを示している人もでているという。
後藤会長は「委嘱状の会長預かりは、問題の重要性を県教委にわかってもらうための行動。(文化財行政への)責任ある発言をするため、辞任はしていない」と説明。「中安遺跡の保存問題のような重要案件を諮問しないのでは、何のための審議会なのか。人ごとのような県教委の姿勢に、委員が不信感を募らせるのは当然。次回の審議会でも、県教委の姿勢次第では何らかの行動を取らざるを得ない」と、場合によっては全員辞任の可能性もにおわせている。
一方、県文化課は「予算がなく、どうしてもすぐに委員全員を集めることができなかった。2月か3月には審議会を開き、委員の理解を求めたい」と話すにとどまっている。
★【窓】 毎日新聞(1/12・福島)に、昨年12月下旬に福島県立博物館で開催された「東北日本の
旧石器文化を語る会」の様子について、まるで株主総会を見るようで、なかなかエキサ
イティングだったと記されていた。「石器捏造問題」に関しては、学者同志が押し問答
となる場面もあったという。そして,最後に感想として「どの遺跡がねつ造か、そうで
ないかを検討する前に、株主総会的な、あるいは「オタク」的な体質がある学会を、い
かに外部の視線と議論にさらすかが今後の課題になるかもしれないと思った。」と結ん
でいる。考古学通信より 1.16
★宮崎県考古博物館来年度着工へ
国の特別史跡・西都原古墳群(西都市)の西都原資料館跡に建設する「宮崎県考古博物
館」(仮称)は、景観に配慮した地下式で、総床面積は現資料館の約5倍の5千平方m
になることが10日、分かった。2004年秋のオープンに合わせて、同市の百塚原古墳群か
ら出土した国宝の金銅製馬具=東京・五島美術館収蔵=など4点の里帰り展も計画して
いる。考古学通信 1.16
★旧国鉄志免鉱業所「扇風機坑口」の解体工事が進行/福岡県
「歴史的に重要な施設」として九州産業考古学会から保存の要望が出されていた志免町
の旧国鉄志免鉱業所「扇風機坑口」の解体工事が進められている。町は13日ごろまでに
解体を終え、3月末までに幅16mの町道を建設する。解体にあたり、町は図面に残すな
ど記録を取り、9日から工事に着手する。
考古学通信 1.16
●1800年前の鏡片出土-大分市東大道遺跡 12.26 合同
大分市東大道の東大道遺跡から、約1800年前の中国・後漢時代の鏡片が出土しました。25日に地元を対象とした現地説明会があったそうです。鏡片は縦横1.5センチほどの大きさ。江戸時代の開墾によるかくらん層から見つかりました。同遺跡からは弥生時代の溝跡や平安時代の溝跡など、水田に関連するとみられる施設遺構がでているそうです。16世紀後半の大友時代の輸入陶磁器片なども見つかり、中世・府内町の範囲が同地区まで広がっていた可能性を示唆しているとのこと。今回の調査は都市計画道路「庄の原佐野」線の新設に伴う緊急発掘。
●帆足本家酒蔵修復始まる-大分市戸次本町 12.24 合同
市指定文化財「帆足本家酒蔵」(木造二階建て・総床面積千四百四十七平方b)の修復工事が始まりました。同酒蔵は幕末から明治時代にかけて建てられたといわれるもので、1995年(平成7年)に同家が大分市に寄贈されました。30年以上使われておらず、傷んでいる部分も多いことから、市は市民に広く開放できる施設にしようと修復することとなった。工事は2002年度末までで、総事業費は約2億9千万円。市文化財保護審議会委員で熊本大学教授の北野隆さんのアドバイスを受けながら、本年度は解体と文化財調査、来年度は傷んだ部分の交換、2002年度に屋根や外壁などの外観の工事を予定。現在、内部のたるなどの運び出しが終わり、棟や建具の取り外しなどが進められていて、かわらなどの年代を調べる文化財調査も同時に進めているとのこと。同地区は江戸時代、交通の要所として、臼杵藩内の「在町(ざいまち)」=村の中の町=として栄えた。現在も、帆足本家をはじめ、江戸時代の町並みが多く残る市内唯一の町です。地元ではこの町並みを生かした町づくりが進められています。「酒蔵」は町づくりの核施設になると市も期待していると報じられています。担当の市都市整備課は「酒蔵は地域のシンボル的な建物。貴重な文化財を後世に残しながら、市民が活用できるような施設にしていきたい」と話しているそうです。
★日本考古学協会が検証準備会 ねつ造で協議
上高森遺跡(宮城県築館町)などの出土品ねつ造問題で日本考古学協会(甘粕健会長)
は16日、東京都内で定例委員会(役員会)を開催、東北旧石器文化研究所の藤村新一
前副理事長がかかわった遺跡の検証を進める特別委員会の準備会メンバーを選び、調
査方法を協議した。考古学通信
★大内氏館跡(12月7日)−山口県−
山口市にある国指定史跡「大内氏館跡」(同市大殿大路)を発掘調査している同市教
委は、南西部土塁跡から長さ約100mの石列が見つかったことを明らかにした。発見さ
れた石列は、西側の堀に面してほぼ一直線に、大きさ縦約30cm、横約60cmの石が並
べられていた。通常、堀を掘った土をかき上げて土塁を築くが、基部の石が見つかるの
は珍しいという。また、当時、座敷の飾りなどとして珍重された酒会壷(しゅかいこ)
と呼ばれる広口の青磁製つぼ片(約10cm四方)も出土し、大内氏の権力者ぶりをしの
ばせている。考古学通信
●弥生の住居復元進む 国東町「安国寺集落遺跡」史跡公園 12.8 合同
国東町が整備中の同公園で、出土した部材と柱穴を参考に高床式の住居と倉庫の復元が進んでいます。約1700年前の建物を本物に近い形で造ろうとするもので、全国初の取り組みだそうです。出土した部材を忠実に再現したので、他の史跡公園で見られるものより一回り小さいとのことです。紙面によればこの「本物志向」は吉野ヶ里遺跡の「行き過ぎた復元」や旧石器捏造などの最近の風潮に一矢を報いているとのことです。来年春には、水田も含めた「弥生のムラ」が再現されるそうです。来年4月20日にオープン予定。同公園は、遊びながら学べる体験型公園。総面積4万7千平方bで、総事業費は約14億5千万円だそうです。